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ピーター『夜と朝のあいだに』(1969年)★初めて美少年時代の歌うピーターを拝見し感激いたしました♪

懸賞 2010年 10月 13日 懸賞

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★ピーターの『夜と朝のあいだに』という曲は、子供の頃から妙に耳に残っていて今もやはり好きな曲です。最近、イベントでご一緒させて頂くことの多い『血と薔薇』という一人ユニットの方も歌われていて素敵でした。前回の『夢見』でもこの曲以外はオリジナル曲ばかりで、ティラノザウルス・レックス風な(影響を強く受けておられるのだと思います)楽曲たちで好きでした。次回の『夢見』(11月20日・土曜日@あめりか村SOCIO)でもご一緒なので楽しみです!この日は、大好きなシモーヌ深雪さまとのトークの第二弾もあるので嬉しい反面ドキドキ!前回は打ち合わせもほとんど無しで猛暑に「耽美な音楽のお話」でしたが、前半は「はい」ばかり言っていたようなので、今回はもう少しちゃんとお話できるといいなあ...と反省しています。シモーヌさまはDJでもご参加してくださいます。またいそろく君のストレインフォビア(STRAIN FOBIA)の劇や紫音ちゃんのライヴ、candyjaneちゃんのイラストの展示&販売...、また詳細が決定しましたらお伝えいたします。今回はかなり「デカダンス」な「夢見」になるようなゲスト・パフォーマーも予定させているそうですので楽しみです!

ピーターの『夜と朝のあいだに』ですが、1969年の曲だと知りました。当時まだ10代だった美少年ピーターはこの曲で新人賞を獲得したということもYouTubeで知りました。日本での中性的な雰囲気の美少年歌手の先駆は美輪明宏さまでしょうが、新人賞を獲得されたピーターもアイドル性を持っていたようなので新しいかたちの歌手であったと思います。けれど、「女の子のような綺麗な男の子」のスーパーアイドルは我が永遠のアイドル!郷ひろみ(HIROMI GO)の1972年の登場まで待たなくてはなりませんでした。

ピーターの歌声は少年ながら妖艶です。美川憲一さんの歌声が連想されるのですが、なんと美川さんもこの『夜と朝のあいだに』を歌われていました。1974年のLP収録らしきものが聴けました。動画ではないのですが、こちらも結構好きです。作詞はなかにし礼、作曲は村井邦彦です。やはり昭和の歌謡曲は良いです!ピーターの映画も好きです。歌手デビューと同年の『薔薇の葬列』や、桜田淳子が超美少女で大好きな横溝正史原作の映画『病院坂の首縊りの家』、クラウス・キンスキーが妖しく素敵だった寺山修司監督作品『上海異人娼館 チャイナ・ドール』(原作は『O嬢の物語』のポーリーヌ・レアージュ)のピーターも好きです。

お若いピーターが歌っています★名曲『夜と朝のあいだに』♪


こちらは美川憲一さんの『夜と朝のあいだに』♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-10-13 21:44 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

『風と木の詩 sanctus -聖なるかな-』 監督:安彦良和 原作:竹宮恵子 (1987年)♪

懸賞 2010年 05月 09日 懸賞

風と木の詩 sanctus -聖なるかな-
1987年・日本映画
監督:安彦良和原作・監修:竹宮恵子 絵コンテ:安彦良和 作画監督:神村幸子 美術監督:石川山子 撮影監督:高橋明彦 音楽:中村暢之 音響監督:千葉耕一 声の出演:佐々木優子(ジルベール・コクトー)小原乃梨子(セルジュ・バトゥール)榊原良子(アリオーナ・ロスマリネ)塩沢兼人(オーギュスト・ボウ)竹村拓(パスカル・ビケ)柏倉つとむ(カール・マイセ)

ジルベール・コクトー わが人生に咲き誇りし最大の花よ・・・ 遠き青春の夢の中 紅あかと燃えさかる紅蓮の炎よ・・・ きみは、わがこずえを鳴らす 風であった 風と木の詩がきこえるか 青春のざわめきが おお 思い出す者もあるだろう 自らの青春のありし日を・・・

c0222662_5504611.jpg★寺山修司も絶賛された竹宮恵子作品というと欠かせない『風と木の詩』。私は連載時の途中からがリアルタイム。その頃の私は彼等の年齢より下だったけれど、不思議なくらいに違和感なく読み進めていた。後に、このアニメ化された映画をある友人と一緒に観たのだけれど、彼女は好きでも嫌いでもない...という感じだった。語った言葉が印象的で「ジルベールって女の子にしか思えない」と。面白い。女の子のような男の子でも、男の子のような女の子でも私は性別を意識しない。これはいつの間にか自然とそう感じるようになったこと。でも、私は今も作品で描かれる世界を少女世界に置き換えて観ているのかもしれない、まったくの無意識の中で...とも思う。また、これまで多くの冷やかしや偏見の眼差しで私の愛する世界を笑い飛ばす言葉たちに、笑い返してはいたけれど私の心は悲しかったのだろうとも。男の子も女の子も同じく儚い刻を過ぎ行く。淡い想いを他者に抱くあの気持ちは誰だってあるだろう。私にもある。女の子であった。大好きな仲良しの同級生であった。高校が離れるまで...。理解されないお方も多いだろう。いくらここまでボーイズラブという世界が市民権を得た今も。何かが違う気がする。私は限られた作品しか知らない。少女マンガが大好きだったことは誇りにも想う。けれど、早くに映画や音楽へと比重は大きく傾いて行き今に至る。すべてが私の大切な思い出たちであり記憶である。そして、今もこの作品を思い出すことで考えることが色々ある。歳を重ねる中でどうでもいい薀蓄も積もる。そんな「どうでもいいこと」が大切でたまらない!マンガが文学より劣ると安易に語るお方やそのような先入観を自然と持たれているお方も多い。私には優劣などない。美しい絵が沢山頁を彩りお話が進む。その原作が映画になると美しい絵は動き、語る言葉や音楽も一緒。頁を捲り読み進めてゆく愉しみとはまた異なるもの。

このアニメ映画は僅か1時間程のもの。原作の最初の方のお話。セルジュの回想から始まる。そして、美しい音楽の調べは彼等の儚き刻を印象つける。幼き日のジルベールの微笑み。あの声。あの走る姿...もう戻り来ることのない時間。個人差はあれど、男の子も女の子にもある。今、立派な大人になっている人々にだって...。

※14歳のジルベールとセルジュ。私はあまりアニメに詳しくないので声優方のお名前も知らない。けれど、セルジュのお声があの「のび太君」だとはわかる。「白い王子」ことロスマリネも好きだったと懐かしく回想しながら、何故か物悲しい風が私をよぎるかのよう。聖なるものと邪なるもの。その狭間を想う。私の好きな世界はどうもその境界を漂うものが多いようだ。故に、考えることばかり、何故?と疑問ばかりで生きているのだとも想う♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-05-09 05:44 | 音楽・映画・文学★美しい関係

里中満智子マンガの中の郷ひろみ♪

懸賞 2009年 10月 22日 懸賞

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★昨日の記事に里中満智子さまのお名前を記さなかったのは別に予定が脳内にあるもので。纏まっていないので少しだけ綴っておこうと想う。幼少時の少女マンガ耽溺の日々が始まった私ですが、『なかよし』は大人気の『キャンディ・キャンディ』以外にも、レギュラー的な作家先生方はおられた。殊に里中満智子さまは好きであった。最も有名なのは『アリエスの乙女たち』でしょうが『フレンド』だったかな。思いっきり号泣した私。その中の路美と笑美子の路美(ひろみ捩りと思い込んでいる私)が好きで憧れていた。前後してしまうけれど、『スポット・ライト』の後、『ミスターレディ』(1976年)の連載が始まった。その主人公の太郎と花子の太郎は、「デビューした辺りのひろみ」をモデルにしたような絵である。里中満智子さまはひろみのファンであるとご本人が仰っていたもので、ついつい、作品の中で巻き毛の可愛い少年が出てくると、「あっ!ひろみだ」って思ってしまっていた。『マコとツトムのファースト・キッス』のツトムは『ミスターレディ』の太郎にそっくり、ひろみのような男の子。

『ミスター・レディ、ミスター・マダム』というフランス映画がある。フランスらしいコメディで好きな映画。里中満智子さまは一時期、よくテレビに出演されていた。何年頃だったのだろう...記憶が間違っていなければ「クイズ・ダービー」にも。あの番組は好きで観ていた。ああ、懐かしい!

もう少し時代が進むけれど、ひろみの衣装デザインもされている。これも間違っていたら教えてください。『洪水の前』とか『悲しきメモリー』(共に1977年)など。私は特に『洪水の前』の全身白の美麗なお姿が大好きだった。また、この曲の振り付けも好き。勿論、あのシュっとした綺麗な姿勢のひろみである。すっかり、「郷ひろみ讃歌」な記事が続いているけれど、70年代から80年代のあのヒット曲たちを時代と共に再度眺めてみると驚異的なのだ。ニュー・ミュージックやロック(バンド)が台頭してきた中で、歌謡曲としてヒット曲を生み、かつスターであり続けていたのはひろみとジュリーである!ジュリーはGSの頃からのアイドルで、ひろみより世代は上(ボウイと1つ違いだし)。どちらがどうのではないけれど、私はGS世代ではない(ネオ・GS世代)のでやはり「新御三家」以降と共に少女時代の想い出がいっぱい。女の子アイドルは、ひろみと同期の麻丘めぐみやアグネス・チャン、三人娘(桜田淳子、山口百恵の曲は色々聴いているけれど、森昌子はほとんど知らない)、キャンディーズ(ピンク・レディよりもずっと好きだった!)、松本ちえこ...という70年代アイドルたちが好きであった。中森明菜や小泉今日子の登場時(キョンキョンはひろみと同じ事務所で妹的な存在)だと、松本伊代や伊藤つかさが少女っぽくて好きだった。松田聖子はデビュー前からのひろみファンで豪語していたのでなんとなく危険な気がしていた。危険と云えば!ああ!木ノ内みどりが好きだった!!そして、おにゃんこは絶対に!河合その子ちゃん。彼女ばかり観ていた。バイトが終ってからも隠れるように、CDジャケットの中のお写真を眺めていたものだ(このお二人は共に後藤次利の危険な罠にハマってしまった)。既に洋楽を聴き始めていたので自分で購入することは滅多に無かったけれど、女優としての桜田淳子を継続して応援していたのだけれど...半引退状態が続いているのは残念。ミニスカートの似合うアイドルが好きだったように想う。お声も高めの方が好き。さらに痩身なお方。ちょっと膝をキュっと曲げたり首を傾げたり...そんな小さな振り付けの女の子歌手を観ていると「可愛い!」と、邦楽に疎くなっていながらも気になっては眺めていた。基本的に「女の子(女性)好き」なのは、いつの間にかすっかり年季も入って来たようだ。組み込まれた何かが私の中にある。もう取り除くことも不可能なようだし、別に後戻りなんてしたくもない。

「ひろみ讃歌」はまだ追々。なぜなら、良い楽曲が多いもの!カッコイイし。流石に今はもう54歳。嘗ての「可愛いひろみ」ではないけれど、ストイシズムは「ひろみ美学」である。決して太らない。朝6:00ピッタリに起床してトレーニングを毎日欠かさない。こんなお方は結婚生活は無理だろうとも想う。けれど「郷ひろみ」であるためには正負の法則故に、犠牲にしなくてはならないことも数多いだろう。凡人には分からないスターの宿命を背負っているのである。そうでなければ維持できないだろう。コンサートも全国だし、最近の曲も動きが多いけれど呼吸の乱れなどない。あの姿勢の美しさ、ストイックさを受け継げるとしたら東山君(ヒガシ)だけだろうと想う気持ちは長年変わらないが、まだまだ、ひろみは嶮しい世界で生き続けるであろう。


★里中満智子さまのデザイン衣装で歌う『洪水の前』(1977年・22枚目シングル・ひろみ21歳)の動画もあった。でも、やはりもうあまり無いみたい。「今日の1枚」の画像は『ミスターレディ』の絵をスキャンしました。里中先生はちゃんと額にひろみを入れてくださっていて嬉しいです!太郎なのですが♪
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by musiclove-a-gogo | 2009-10-22 08:14 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

前代未聞の美少年アイドル郷ひろみの衝撃と少女マンガ耽溺の少女時代始まる♪

懸賞 2009年 10月 21日 懸賞

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★少女時代は儚き刻とは云えど、ここ数日の私はかなり童女時代まで遡っていて、なかなか戻って来れないまま。調べると詳しく分かるのだろうからまた時間がある折にでもと思うけれど、取り合えず記憶と浮かぶ想い出たちに頼って。私が郷ひろみが大好きだと自覚し、洋楽のレコードを毎月買い始めるまでの期間。その刻は正しく私の少女時代である。そして、ほぼ同じ時期に少女マンガを読み始める。最初はお友達のお姉さんに読ませて頂いていたのだけれど、自分で毎月発売日を楽しみに購読開始したのは『なかよし』。そして『りぼん』。既に『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)の連載は始まっていた。なので表紙はほとんどキャンディだった。『りぼん』の方が全体的には好きになっていたのだけれど、『キャンディ・キャンディ』の最終回までは買い続けていた。小学生の高学年になると『少女コミック』や『フレンド』、『マーガレット』も読み始めていた。私が買うこともあればお友達が買うことも。しょっちゅう交換していたのだ。こういう事を思い出しているうちに、それらの少女マンガの中には当時人気のアイドルたちのお写真やポスターや付録が付くこともあったように思う。また、小学生用の学習雑誌にもアイドルたちは共に居た。母の買っていた映画雑誌などにも深く関係していると思われる。

ひろみが『男の子女の子』でデビューした1972年が私にとって幾つも大切な作品があるというのは、萩尾望都さまの『ポーの一族』の連載が始まった年であること、デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』の年であることは偶然と云えど運命的な符号。『ポーの一族』も連載の後半から知った。さらに『トーマの心臓』や『11人いる!』、竹宮恵子さまの『ファラオの墓』と後追いながら認知してゆく。まだ幼少の私は連載ものもだけれど、テレビアニメの印象も色濃く焼きついている。『キャンディ・キャンディ』然り、『エースをねらえ!』然り。キャンディのあの愛らしさ、アンソニーの貴公子ぶり、テリーのカッコよさ、岡ひろみの可愛さ、藤堂さんの素敵さ、宗方コーチの翳りの美も好きだったけれど、私には竜崎麗香ことお蝶夫人が大好きだった!学校に行くと大抵の女子は『エースをねらえ!』を観ていて会話の中心でもあった。けれど、「お蝶夫人が美しすぎて大好き!」と云う私は冷ややかに「何故?」という感じであった。彼女たちも好きだと思ってお話したので、その時のガッカリ感は大きかった。お蝶夫人はプライド高く高慢に映ったようだ。私はいつもお友達との少しのズレが常にあったのだ。そして、『ベルサイユのばら』(池田理代子さま)と出会う!勿論、原作マンガは後から読むことになり、私は母に連れられて行ったタカラヅカでの歌劇が最初。お話の内容も知らずに行ったのだけれど、夢のようだった。そして、アニメ、原作という順序。マリー・アントワネットに興味を持つことになったきっかけでもある。主要な登場人物はそれぞれ好きだけれど、やはりオスカルが好きだった。

タカラヅカもそうだけれど、女性が男役を演じる世界を違和感なく「素敵!」と夢みる刻。オスカルが女性であると分かっているし、郷ひろみが男性であることも分かっている。それでもお姿を観ている時にそうした性別はまったくと云って良い程私には関係ないものだった。なので『トーマの心臓』や『風と木の詩』を読んだ時もすんなりその美しく儚い世界に魅入ることができた、何故かは分からないけれど、共通するのは「綺麗」であり「美」なのだろう、私にとっての美しい絵。

私の初めて胸トキメク存在のアイドルは郷ひろみである!これは確信を持って断言できる。けれど、その後はほとんど少女マンガの中の人物たちが続くのだと気付くことができた。デヴィッド・ボウイというこの世の者とは思えない英国のロック・スターの動くお姿を拝見するまでは。そうして、私は一気に洋楽に目覚め、今も音楽や映画に携わるお仕事を続けている。

ようやく、こうしたことを綴れるようになった。児童文学などを読み返す中で、やはり私自身の幼少時の大切なものが甦り、それらはずっと私の心の中に居続けたからであろう。郷ひろみの1972年から1975年辺りまでを少しだけれど綴ってみた。今でもやはりHIROMI GOが好きである私が嬉しいとも想える。次の予定はもう少し先に進んだ時期のことを、やはり記憶を回想しながら記しておこうと思う。忘れていたこと、新たな発見もあり愉しい♪

★今日の画像はオスカルにしよう!また、YouTubeからは『薔薇は美しく散る』を♪

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by musiclove-a-gogo | 2009-10-21 08:00 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみ『花のように 鳥のように』~『誘われてフラメンコ』(1975年)★HIROMI GO & METSの時代♪

懸賞 2009年 10月 20日 懸賞

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私が初めて胸ときめいていたお方である郷ひろみ。すっかり少女時代にタイムスリップしたままのここ数日なのですが、しつこくもう少し続けます。ジャニーズからバーニングに移籍してからの第一弾シングルとなる『花のように 鳥のように』(通算12枚目)と、続く『誘われてフラメンコ』(13枚目)。作曲は筒美京平(名曲を沢山作られてきた凄いお方!)と変わらないけれど、作詞が石坂まさお~橋本淳によるヒット曲です。ひろみのバックで踊っている方々は、一緒に移籍した元JJSのメンバーの6人による「METS(メッツ)」です。ひろみは19歳。美少年から徐々に大人への階段へ...もう、こういう通過儀礼は少年も少女も同じ!誰もがその刻を過ぎゆくのだから。個人差は様々ながら。私はこの辺りから読んでいた少女マンガの記憶の断片が定かではないけれど脳裏に焼きついている。そんな頃であるけれど、まだ一桁代の歳だったもので、そんな記憶はあやしいものでもある。

次はそんな幼少時の少女マンガの世界に耽溺してゆく私を回想しながら綴る予定です♪


※このYouTubeは、今はもう観れようです。残念です♪



★上は『花のように鳥のように』を歌う紅白歌合戦の映像。赤組の素敵なお姉様歌手の皆様のお優しい表情たちも良い雰囲気です。「ひろみくん、可愛いわね♪」という感じだったのでしょう。また、このお衣装も大好きです!ひろみは紫やピンク色のお衣装が結構多かった気がします。男の子がピンク色のお洋服を着るということは、まだ当時の日常では珍しいことだった時代。けれど違和感まったく無し!流石です。下は『誘われてフラメンコ』の夜のヒットスタジオでの映像です。歌い出す前の表情が特に好きです!真面目さが表れています♪
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by musiclove-a-gogo | 2009-10-20 07:50 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみの最初に買って貰ったシングルは『裸のビーナス』♪

懸賞 2009年 10月 19日 懸賞

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★あまりにも可愛い!美少年時代の郷ひろみ!なので、続けます。見ていて男性だとかそういう意識が消える存在であった。そういう事は年月を経た今の私の大切なことであり、「美しい!」と想う世界の基本にあるものでもある。古い記憶が色々と甦りドキドキ。女の子(女性)のアイドルや歌手の方が好きだったのだけれど、郷ひろみだけは別格であった。兎に角、大好き!で仕方がなかった。少女マンガでは『なかよし』を読み始めていた頃でもある。ひろみの5枚目のシングルとなる『裸のビーナス』(1973年・17歳)が初めての郷ひろみの入手レコード。まだお小遣いも貰ってはいない歳だったので、ここから暫くは母に買って頂いていた。そして、1974年の大晦日の紅白歌合戦には西城秀樹も初出場となり、晴れて「新御三家」が揃って出場の年。そんな懐かしい映像がYouTubeにあったので嬉しくて仕方がない。この紅白では、ひろみの初期の曲でもとびっきり大好きな『花とみつばち』(1974年・18歳)で8枚目のシングルである。『裸のビーナス』のジャケットのお衣装など、当時のロンドンでのグラムロックな華やかで艶やかな影響が窺える。記憶がハッキリしないのだけれど、この時期だったと思う。『明星』か『平凡』(私は『明星』派であったが、お友達やそのお姉さん達から貸して頂いたりと交換し合っていた)だったのだろう...「今年はデビッド・ボウイーに挑戦だ!」という大きな見出しのひろみのカラーページが掲載されていた。ライヴのお写真が載っていたようにも想うけれど定かではない。私がボウイの名を初めて知ったのは郷ひろみからである!この事実は揺るぎようの無いもの。他にもまだまだ連鎖してゆくのだけれど、取り合えず映像を!なかなかこのようなお衣装の似合うお方は居ないだろう!ひろみは体の線がとても美しい。手足も細くて長く体毛も薄い天性の素材は稀なるもの。やはりジャニー氏の才能がフルに活かされていたとしか想えない。1974年の紅白での『花とみつばち』ではひろみのバックで秀樹と五郎が一緒に踊っている。秀樹は率先して走ってゆかれ同じく白いスーツ姿で素敵。また、五郎は三人の中で最も歌唱力があると云われていたけれど、このようなリズムの曲で踊る姿はイメージになくて、この映像に歓喜していた。「新御三家」は「運動部の秀樹、文化部の五郎、帰宅部のひろみ」とも呼ばれていた。ひろみは運動神経も良いのだけれど...そんなことも懐かしい。素敵な貴重な映像をあげてくださったお方に感謝感激♪


※このYouTubeは、今はもう観れようです。残念です♪



★上の『花とみつばち』での1分27秒~28秒辺り!!飛び上がりそうにキュートです。下の『裸のビーナス』~『誘われてフラメンコ』では58秒辺りの初々しさに胸躍る!紅白では、赤組からも声援が聞こえる。白組の先輩方はちょっと反応に戸惑いが見える気もするけれど、赤組の先輩方はにこやか。多くの方が、この時点で今もなおスターである郷ひろみを想像などしていなかっただろうとも想う。批判的(偏見)なお声もとても大きなものであったのだから。このようなアイドルはこれまで居なかったのだから仕方の無い現象でもあったと想う。同じお衣装をタッキーが着ても綺麗かもしれない。でも、やはりこの「可愛さ!」「キュートさ!」はひろみしか居ないと想う。ジュリーもこの年3度目の出場で姿が見える。ジュリーも好きだったけれど、「可愛い!」と想える存在ではなく「スター」であった。後に、このお二人の対談があった。80年代後半頃かな...。ジュリーは一等賞が好きだと仰っていたけれど、ひろみは二等の方がいいと。50代になりひろみは「郷ひろみを極めたい」と語った。それを願っているファンはどんなに多いことだろう!欲張りな私は俳優のひろみも応援します!
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by musiclove-a-gogo | 2009-10-19 07:42 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

美少年の原点に郷ひろみ(HIROMI GO)あり♪

懸賞 2009年 10月 18日 懸賞

★今日10月18日は郷ひろみの54歳のお誕生日。あまり、これまで郷ひろみについて綴っていない(「ボウイ館」で好きであることは記しているけれど)。1971年(15歳)から1975年までジャニーズに所属。その後、まだ大きなプロダクションではなかった現在のバーニングにも大きな功績を残したお一人だと想う。確か移籍当時のバーニングは所属スターも少なかった。ジャニー喜多川氏のショックは大きなものだったという。そうであろう!そして当の郷ひろみは母親と自殺まで考えたと云われる程の有る事無い事を書き立てるマスコミに傷ついた大きな年(時期)であったようだ。フォーリーブスの弟的な存在としてデビューし、一躍アイドルとなる。スカウトしたのはジャニー氏であるので流石の審美眼である。後に、元フォーリーブスの江木俊夫が近年、「今でもジャニーさんの理想とするアイドル像は郷ひろみであろう」と語っている。

いつまでも現役でスターとして生き続ける郷ひろみはストイックである。完璧主義者と云われるお方で潔癖症でもある。天性の素養に努力が積み重なり今日のHIROMI GOがある!時に自己をパロディ化するような時もあるけれど、高慢ちきでは決して無い。デビューはNHKの大河ドラマ『新・平家物語』の平経盛役(1972年)。同年の8月にシングル『男の子女の子』で音楽デビュー。その年の日本レコード大賞の新人賞に輝いている。1972年!私にとってこの年は何か運命的なものが幾つも重なっている。デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』の年でもある。当然、まだ幼少の私はボウイのお名前すら知らない頃。郷ひろみもその新人賞を受賞した年や紅白初出場の1973年は記憶があまりない。小学生になり少女マンガを読み始めるのだけれど、ほぼ同時期に「郷ひろみが好き!」と意識していたようだ。次第にアイドル雑誌も少女マンガと一緒に買うようになった。けれど、お友だちのお姉さんに見せて頂いたりそんな具合だった。

雑誌の人気投票では確か何年もの間1位だった郷ひろみなのに、私の周りはあまりファンがいなかった。きっともう少しお姉さん達に多かったようだ。私はどうしてか、私よりもずっとお兄さんのような郷ひろみが好きだった。初めて、絵の中の人物ではない「可愛い!」と心がトキメク「男の子」は郷ひろみであった。また、クラスの女子や男子から「女みたい」とか「おかまみたい」とからかわれた。けれど、人気投票では1位であることが私の誇りでもあった。ボウイのこともずっと後に「気持ち悪い」とか「おかまロック」とか云われた。私の少女時代はとにかく批判されからかわれることが日常茶飯事であった。母は似ているので、「ひろみは可愛い」と一緒にテレビを観ることができた。父ですら、番組欄を見ては「今夜ひろみが出るぞ」と教えてくれていた程。弟は、今でもひろみが好きで私より最近の曲に詳しい。オールナイト・ニッポンというラジオ番組の第二部は私の地域では電波が悪くラジカセのアンテナをぐるぐる回しながら聞いていた。何曜日だったかな...近田春夫さんの担当日があり、近田さんはひろみのファンなので、ニュー・シングルが発売になる前に逸早く曲を聴かせてくださるのだった。その電波の悪い音源を必死で聴き入っていた私。深夜起きているといけない子供なのに、私は小学生の頃から夜遅くまで起きていた。部屋の電気がついているので、ご近所の方々は私が遅くまで勉強をしているお利口さんだと想っていたようだ。両親も早く寝るので私が遅くまで起きていることなど知らずにいた。

日本で初めて「可愛い!女の子みたいな男の子」としてのアイドルで、かつヒット曲も継続されたのは郷ひろみだろう。今も54歳になられてもカッコイイと想う。ジャニーズは可愛い男の子たちが続々登場するけれど、郷ひろみが移籍してからは冬の時代が暫く続いたのである。私はたのきんやシブガキ隊、少年隊の世代であるのだけれど、その頃は既に洋楽を主に聴いていた。けれど、ひろみと東山紀之(ヒガシ)は好きで今もやはり好きである。嵐だって好き。J-ポップと呼ばれるようになり、日本のロックな音楽が認知されるようになり、すっかり歌謡曲、歌謡番組はなくなってしまった。それでも、郷ひろみは今もその「歌謡界」でスターであり続けていることは凄いと想うのだ。長年ひろみ・ファンであり続けておられる多くの方と私はちょっと違う。けれど、あんなに新曲の発売にワクワクし、テレビに魅入っていた刻。YouTubeで私の記憶に無かった映像があったもので、歓喜していた!その映像を観てやはり「可愛い!」って胸躍る存在であるのだと再認識できた。郷ひろみは俳優としても多くの映画やドラマ、舞台作品がある。映画もほとんど観ているので俳優としても好きなお方。

青年期以降はバラード曲の方が好きな曲が多いかもしれないけれど、今も街中でひろみの声の曲が流れると嬉しくなる。訃報が飛び込んできた!加藤和彦さんの悲しい死の知らせ。嘗ての奥様であり数々の昭和の名曲の作詞をされたお方でもある故・安井かずみさんも好きだった。とても素敵なお方。郷ひろみの初期の名曲の一つに『よろしく哀愁』がある。その作詞をされていたのは安井かずみさん。

まだまだ取り留めの無いことを綴り続けそうなので、また時々記してゆこうと想う。私にとって、間違いなく「アイドル」という存在であったお方、また、今でもやはり好きであるので。「スターがスターであった時代」、「歌謡曲が歌謡曲であった時代」というような時代が好き。スターは彼方に居られるのが美しい☆


※このYouTubeは、今はもう観れようです。残念です♪

★この映像は1972年のデビュー曲『男の子女の子』(お衣装は『花とみつばち』のもの)だけど、1973年の紅白初出場の折の映像。ひろみを肩車している方々の中に、フォーリーブスのメンバーと野口五郎の姿も見れる。西城秀樹はこの年紅白は落ちてしまい翌年から「新御三家」と呼ばれていた三人が揃って出場することになる♪
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by musiclove-a-gogo | 2009-10-18 07:27 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

『天使の詩』 監督:ルイジ・コメンチーニ 音楽:フィオレンツォ・カルピ (1965年)♪

懸賞 2008年 01月 26日 懸賞

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天使の詩/INCOMPRESO
1965年・イタリア映画
監督:ルイジ・コメンチーニ 原作:フロレンス・モンゴメリー 脚本:ピエロ・デ・ベルナルディ、レオ・ヴェンヴェヌーティ 撮影:アルマンド・ナンヌッツィ 音楽:フィオレンツォ・カルピ 出演:アンソニー・クエイル、ステーファノ・コラグランデ、シモーネ・ジャンノッツィ、ジョン・シャープ

★ステーファノ・コラグランデは1955年5月2日、イタリアのローマ生まれ。ルイジ・コメンチーニ監督の『天使の詩』(1965年・イタリア映画)の主人公アンドレア(アンドリュー)少年を演じた美少年♪監督は何千人もの応募の写真からもイメージに合う少年を決めかねておられたそうで、フロレンスの街で遊んでいたこの少年を見つけご両親を説得し出演となったという。裕福な家庭に育つ読書家の少年で当時10歳。この映画にしか出演されていないように想うけれど、こうして映画の中で永遠なのだ。大人になっても俳優を続けている方々もいれば、一作だけの少年少女もいる。どちらも魅力的だ。この映画では母を亡くした幼い兄弟と父親の心が哀しくも美しく描かれている。再見し、また終盤号泣していたので今も目と頭痛。連日で泣く映画ばかり観ている。弟役ミーロ(マイルス)少年を演じるシモーネ・ジャンノッツィもとっても可愛い♪撮影当時5歳(1959年12月27日生まれ)で同じく監督にスカウトされたそうだ。フロレンスのお酒屋さんの双子の息子のお一人だとも。彼もこの映画でしか知らない...時を止め時を巡る☆

劇中のこの兄弟は8歳と4歳。父親役には英国の名優アンソニー・クエイル!叔父さん役にはジョン・シャープ、後半登場の若い家政婦役はジョルジア・モルが共演。また、ルイジ・コメンチーニ監督作品のみならず、かなり私のお気に入り映画の音楽を多数担当しているフィオレンツォ・カルピもここでも素晴らしく、哀愁を帯びたピアノ曲やコミカルで愉快な楽曲たちが随所に♪そう!この映画は哀しいけれども子供の無邪気さも描いているので微笑ましい場面も多い。でも、アンドレア少年の心の空虚さと勇気木が折れて池に落ちて死に至る...その死の間際での父との心のふれあい...ようやく親友になれた瞬間が悲しい。居間には亡くなった母の肖像画が飾られていてラストシーンはアンドレアの死と共に、その肖像と息子、父が結ばれているようなのだ...ああ!美しい。4歳のミーロはまだ幼く母の死をよく分かっていない。でも、8歳のアンドレアは違う。この時期の4つの歳の差は大きいと想う。そして、父はフロレンス駐在の英国領事なのでお仕事も多忙。幼い弟ミーロは兄をとっても慕っていて、ちょっとやんちゃ。手の掛かる時期だろう...何かあれば、兄が叱られる(こういう所、私もかなり感情移入できる!)、ぐっと堪えて”はい、パパ...”とアンドレアは劇中幾度も言う。健気な姿と兄弟愛が美しい!また、最後は父ダンカンの哀しみも再見したことで感じられた...嘗ては少年たちの立場で観ていたのだろうから、私も少しは成長したのかも。原作はフロレンス・モンゴメリーの 『誤解』(未読)。1983年には『ウィンター・ローズ』としてジーン・ハックマンとヘンリー・トーマス共演でリメイクもされている。
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by musiclove-a-gogo | 2008-01-26 04:36

懸賞