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『ホワッド・アイ・セイ』シルヴィ・ヴァルタン(1962年)原曲レイ・チャールズ『何と言ったら』(1959年)

懸賞 2011年 02月 15日 懸賞

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★初期のシルヴィ・ヴァルタンを続けます。シルヴィは現役のお方なので、もう!とんでもないくらいに大好きな曲がいっぱいですが、やはり初期から辿ってゆくのが好きなもので。そして、カバー・ポップスがこれまた大好き!オリジナル曲や70年代以降のシルヴィ・ヴァルタンを辿ることは、個人的なポップス愛好過程の秘かな愉しみでもあります。そこで、今日の1962年の『ホワッド・アイ・セイ(Est ce Que Tu Le Sais)』は同年の1stアルバム『シルヴィ・バルタン・プルミエ(SYLVIE)』に収録されています。オリジナルはレイ・チャールズ(Ray Charles:1930年9月23日~2004年6月10日)。幼少の頃に緑内障による失明という苛酷な人生を負いながらもピアノを学び、50年代から多くのヒット曲を生んだ偉大なるソウル・シンガーで「ソウルの神様」と呼ばれているお方。

この『ホワッド・アイ・セイ(What'd I Say)』はレイ・チャールズの『何と言ったら』という邦題で当時日本盤になったそうです。今では『ホワッド・アイ・セイ』で通っているオールディーズの名曲の一つ。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley:1935年1月8日~1977年8月16日)のカバーでも有名ですが、フランス語で歌うシルヴィ・ヴァルタンの『ホワッド・アイ・セイ(Est ce Que Tu Le Sais)』ヴァージョンを最も多く聴いています。まだシルヴィも10代で髪もショートカットにパンツルックでツイスト!とってもキュートでご機嫌なのです♪

★とってもキュート!ダンスもお上手☆シルヴィ・ヴァルタン/ホワッド・アイ・セイ(1962年)♪


★オリジナルのレイ・チャールズ/ホワッド・アイ・セイ(1959年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-15 22:06 | シャンソン・フランセーズ

『にくい貴方』ナンシー・シナトラ(1966年)★『夜のストレンジャー』フランク・シナトラ(1966年)♪

懸賞 2011年 02月 12日 懸賞

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★ナンシー・シナトラ(Nancy Sinatra:1940年6月8日生まれ)は父フランク・シナトラと母ナンシー・バルバト(イタリア人)の娘であり、フランク・シナトラの長女。活動の絶頂期は60年代で多くのヒット曲&代表曲がある。私が最初に聴いた曲は『にくい貴方(These Boots are Made For Walkin')』で、すっかり好きになった曲。後にLPでも聴き、シングル以外の楽曲にも好きなものは多い。この『にくい貴方』のキュートな映像がありましたので掲載させて頂きます。

★バックダンサーの女性たちもキュートです☆ナンシー・シナトラ/にくい貴方(1966年)♪

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★ナンシー・シナトラの父で、偉大なる歌手であり俳優でもあるフランク・シナトラ(Frank Sinatra:1915年12月12日~1998年5月14日)も同年1966年に『夜のストレンジャー(Strangers in the Night)』のヒット曲があり、この曲でグラミー賞も獲得。また、この1966年にはミア・ファローと再婚された年でもあり、30歳も歳の離れたご結婚(ナンシー・シナトラの方がミア・ファローより年上)ということで話題に。それ以前にはエヴァ・ガードナーともご結婚されていた。熟年期のシナトラの代表曲の一つだと思います。渋い歌声です♪

★フランク・シナトラ/夜のストレンジャー(1966年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-12 01:29 | ガールズ・ポップ★洋楽

『二人だけのデート』ダスティ・スプリングフィールド(1963年)★ザ・ツーリスト(1979年)♪

懸賞 2011年 02月 11日 懸賞

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★"ガールズ・ポップ"というと50年代から60年代のアメリカン・ポップスのガールズ・サウンドから始めないとならないのでしょうが、この辺りになるともの凄く!後追いで今もまだまだ知らないサウンドがいっぱいです。洋楽は英国のアーティストから入ったので、今回はブリティッシュ・ガールズポップを。『二人だけのデート(I Only Want to Be with You)』という名曲です。オリジナルはダスティ・スプリングフィールド(Dusty Springfield:1939~1999)の1963年発売のヒット曲です。私が知ったのはベイ・シティ・ローラーズ(The Bay City Rollers)のヴァージョンでした(1976年)。ベイ・シティ・ローラーズファンの女の子が居たのでよく聴かせてもらいました。私は郷ひろみファンでしたが、その友人は西城秀樹ファンだったはずなのに、いつの間にかすっかりベイ・シティ・ローラーズに関するものを集めていて色々お持ちでした。その彼女も暫くすると、近藤真彦ファンとなっていました。

★ダスティ・スプリングフィールド/二人だけのデート(1963年)♪

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私はひろみで知ったデヴィッド・ボウイ、ケイト・ブッシュへと洋楽の比重が一気に傾いていたのです。なので、自分で購入した最初の『二人だけのデート』は今も大好きなアニー・レノックス(Annie Lennox)がヴォーカルのユーリズミックス(Eurythmics)の前身バンドとなるツーリストあるいはツーリスツ(The Tourists)のヴァージョンでした。でも、ユーリズミックスを先に購入したのでこれまた後追いでしたが。当時は映像など観たこともなかったのですが、何でもあります天晴YouTube!

★ユーリズミックスの前身バンドのツーリスト/二人だけのデート(1979年)♪

ベイ・シティ・ローラーズ関連だとひろみがカバーした『バイ・バイ・ベイビー』(1975年)の事を以前綴りましたが、この曲は郷ひろみヴァージョンの方がやはり好きです。『明星』ではずっとひろみが人気投票1位でしたが『平凡』では他の方に1位を奪われることもあったように記憶しています。そのせいか分かりませんが『明星』派でした。映画雑誌も『ロードショー』も偶に購入していましたが、母の時代から我が家は『スクリーン』派でした。やはりベイ・シティ・ローラーズ・ヴァージョンも♪

★ベイ・シティ・ローラーズ/二人だけのデート(1976年)♪

★関連記事:『バイ・バイ・ベイビー(BYE BYE BABY)』ベイ・シティ・ローラーズと郷ひろみ(共に1975年)♪
★関連記事:麗しのアニー・レノックス★ユーリズミックス(EURYTHMICS)『スイート・ドリームス(SWEET DREAMS)1983年♪
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by musiclove-a-gogo | 2011-02-11 02:20 | ガールズ・ポップ★洋楽

サントラ 『ロシュフォールの恋人たち』★そして、クリスチャンヌ・ルグランとスウィングル・シンガーズ♪

懸賞 2010年 10月 01日 懸賞

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★(サントラ 『ロシュフォールの恋人たち』 音楽:ミシェル・ルグラン(MICHEL LEGRAND) そして、ジャック・ドゥミ監督のミュージカル三部作とクリスチャンヌ・ルグランの歌声の素晴らしさ)を『リリスの館』にて更新いたしました。

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60年代初頭から活動を始めていたコーラス・グループのスウィングル・シンガーズ(Swingle Singers)のリード・シンガーであったクリスチャンヌ・ルグラン(ミシェル・ルグランの姉)は、ジャック・ドゥミ監督のミュージカル三部作と云われる『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』『ロバと王女』のいずれにも参加されている。ルグラン一家は音楽一家なのですが、本当に素晴らしい方々だあ~!と思います。

フランス映画の名作は映画の歴史でもあるのでしょうが、フランス贔屓の私でも思うのは、「ミュージカルの少なさ」。そこはアメリカ映画がやはり本場であるということも、ジャック・ドゥミ監督がジーン・ケリーやジョージ・チャキリスを招いての『ロシュフォールの恋人たち』であることに、何か美しい映画への愛を感じてしまいます。フランスの大女優であるダニエル・ダリュー以外はすべて吹き替えなのですが、以前もこの映画のお話の記事に書いたのですが、ジーン・ケリーの歌声も聴いてみたかったなあ...と欲張りな思いを抱いてもいます。

音楽が流れると、「あっ、あの場面!」とうっとりできるのって素晴らしいと思います♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-10-01 11:10 | シャンソン・フランセーズ

『マイ・ウェイ』の創唱とお蔵入り★クロード・フランソワとデヴィッド・ボウイ(共に1967年)♪

懸賞 2010年 02月 23日 懸賞

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★あの名曲スタンダード『マイ・ウェイ(MY WAY)』はポール・アンカがフランク・シナトラの為に英詩を付け大ヒットとなった曲(1968年)。けれど、創唱はクロード・フランソワ(Claude Francois)で、作詞はジル・チボー&クロード・フランソワ、作曲はジャック・ルヴォーによる1967年の曲。時のいたずらが狂わす運命的な出来事が起こる。かのデヴィッド・ボウイ(DAVID BOWIE)が1stアルバムをリリースした同年1967年のこと。カリスマ・ボウイながら1stアルバムはまったく売れなかった。デッカ~デラム時代のボウイはモッズ少年(青年)の頃。この時期に他のミュージシャンに曲を書いたり詩を提供したりと小さなお仕事もされていた。どういう経緯かは分らないけれど、このクロード・フランソワの『いつものように(Comme D'habitude)』の英訳を受け『Even A Fool Learns To Love』として完成させたのだけれど、ボツとなる。未来への悠々たるポール・アンカの歌詞に比べ、なんともヘナチョコなお若いボウイのお姿が垣間見られる。創唱者であるクロード・フランソワの方もポール・アンカの詩の世界とはまるで反対のような弱い優男ぶりで私はこちらが断然好き!ボウイより8歳程年上のクロード・フランソワ(愛称はクロクロ)は、60年代初頭から英米曲をフランス語で多く歌っていた。その頃にご結婚されており、奥様はイギリス人だったことも関係しているかもしれない。

何でもあるYouTubeにクロクロのモノクロ映像がございました。また、お蔵入りしてしまう時期もあったボウイのデモ・テイクのようなものもございました。何故か、途中からリチャード・クレイダーマンによるピアノ曲となります。さらに、惜しくもボツになったボウイは『火星の生活(Life On Mars?)』で再びこの『いつものように(Comme D'habitude)』を想わせる曲を世に出すことに。ボウイ・ファンの皆様の中では有名なお話ですが、世代も関係しているようです。なんと云っても、カリスマ・ロックスターであるボウイの40年以上に渡る軌跡はいまなお進行中でファン層もかなり広いのだから。クロクロは惜しくも電球を交換する際の感電(事故)により39歳の若さで死去された。けれど、フランスではいまなお絶大な人気を誇っているという伝説のお方。私はメロウな曲に好きな曲が色々あります。バックダンサーを従え踊り歌うようになる、その美人ダンサー方の「レ・クローデット」も大好きです!映像を拝見する折はクロクロよりもダンサーの女性方を見てしまうのです♪


※創唱者クロード・フランソワの「Comme D'habitude」です♪


※お蔵入りしたモッズ時代のデヴィッド・ボウイの「Even A Fool Learns To Love」が聴けます♪

→ こちらはグラムロック時代の名曲『DAVID BOWIE/LIFE ON MARS?』です♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-02-23 05:05 | シャンソン・フランセーズ

このレコードが好き!★思わず心がほっこりする愛しきジャケットたち♪

懸賞 2010年 02月 08日 懸賞

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★バリー・デヴォーゾン&ペリー・ボトキンJr./コマネチの祈り シャンタル・ゴヤ:CHANTAL GOYA ミシェル・フーガン(ビッグ・バザール):FUGAIN ET LE BIG BAZAR タコ:TACO アラン・シャンフォー:ALAIN CHAMFORT ザニーニ:ZANINI ポストカードのドラム猫/POSTCARD ブラマンジェ:BLANCMANGE アンリ・サルヴァドール:HENRI SALVADOR

「コマネチの祈り」は想い入れが強いです。この絵にあるようにあの小さな白い妖精コマネチのお姿が浮かびます。シャンタル・ゴヤは歌うお姉さんとして子供たちにも愛され続けたお方。ミッシェル・フーガンは大所帯の大将なのでお一人大きくなっていて愉快です。タコですが当時から大好きなのです。このジャケットの背景には外国のお方に不思議がられる日本人の食ともなっているあのタコの絵が描かれています。面白いなあと想います。アラン・シャンフォーはこのお写真が一等好きかもです。ザニーニはコメディアンでもありますので見ているだけでも愉快ですが音楽も好きです。スコットランドに良質ポップが多いのは有名ですが、私の世代ですとやはりこの「ポストカード」というレーベルは想い入れの強いレーベルであります。そのレーベルのシンボルのドラム猫もカワイイです。ブラマンジェは英国の80年代ユニットですが、ポップなメルヘン調のジャケット・アートに惹かれて購入したものでした。そして、御大アンリ・サルヴァドールです。愉快なジャケットはドンサカとあります。コメディアンだからふざけることもお得意ですが楽曲も良いのです。ただ面白いおじさまではなくて、本当に偉大なお方なのでまたサルヴァドールの膨大な楽曲たちのことは追々にと想います♪

※ジャケット愛好ですが、やはり楽曲も好きなものです。思わず心がにこやかになれる、そんなレコードたちです。登録作業をしながら、これからも時々『このレコードが好き!』を続けます♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-02-08 15:57 | ジャケットアート愛好

ジョニー・アリデイ(JOHNNY HALLYDAY) 『ブラック・イズ・ブラック(NOIR C'EST NOIR)』(1966年)♪

懸賞 2010年 01月 23日 懸賞

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★私はフランスの音楽を好きだと認識して色々聴いてゆくなかで、驚く程に多様なスタイルがあることを知り今も学びは続いている。20代の頃にジョニー・アリデイよりも先にジャック・デュトロンに夢中になってしまった。大好きなフランソワーズ・アルディのご主人様でもあること、大好きなセルジュ・ゲンスブールがプロデュースしたアルバムがあることを知ったりして。そして、アリデイはシルヴィ・ヴァルタンとご夫婦であった時期があり、シルヴィの軌跡を追うなかで、次第にアリデイの存在の大きさに気付き始めたように想う。

ジョニー・アリデイ(本名はジャン=フィリップ・スメ)は、1943年生まれで1960年に音楽デビュー(50年代末から活動されていた)。まだ10代の衝撃的アイドル登場のアリデイから始めないと「フレンチ・ポップス」も「フレンチ・ロック(ロックンロール)」も説得力を持たない!というくらいに凄いお方。まだ全てのアルバムを聴いてはいないけれど、私も歳を重ねる中でいつまでもカッコイイ!アリデイの作品に大好きな曲が幾つもある。日本盤になっていないのではないだろうか...この「NOIR C'EST NOIR」という曲は。フランスではシングル・カットされているけれど。そう云えばこの年1966年にはアリデイの自殺未遂という事件もあったという...。

この曲はスペインのロス・ブラボーズ(LOS BRAVOS)という5人組バンドの1966年のヒット曲。モッズ(MODS)ナンバーなので英国でも大ヒットしたそうだ。世界的なこのヒット曲を同じ1966年にジョニー・アリデイはフランス語でカバーされている。これがとってもカッコイイ!!ロス・ブラボーズの原曲よりもジョニーの方がテンポが早く、やはりお声の力が違う。ロス・ブラボーズのファンの方には失礼なことですが、まったくの私見です。

ジョニーと云えば今の日本(否、世界的に)ではジョニー・デップだろうけれど、私はジョニーと云えばジョニー・アリデイ!!もう50年もの間ずっとスター!それもスーパースターなのだ。映画にもお若い頃から出演されていて、最近の年老いてからの風貌も実に渋いかぎり。切ないバラード曲などたまらないものがあるし。(蛇足ながら店主に尋ねてみると、ジョニーと云えばジジョウ...と訳の分らぬ答えが返って来た。ロベルト・ベニーニの映画『ジョニーの事情』という映画が好きなのでジョークで云ったらしい。おそらく、本当はアリデイかサンダースだろうに)。

この曲の動画を二つ掲載させて頂きます。上はコンサートでのもの。会場のファンの人々の様子に感動!大人も少年少女たちもアリデイの登場前の胸高鳴るあの気持ち!そんなアイドル&スターであるジョニー・アリデイが間もなく登場されるのだから!思わず私もわくわくしてしまう。下のものは、プロモーション・ビデオのようでカラー映像で60年代ならではの雰囲気に溢れ素敵です♪





→ こちらはLOS BRAVOSの「BLACK IS BLACK」です♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-23 11:11 | シャンソン・フランセーズ

サンディ・ショウ(SANDIE SHAW)『愛のウエイト・リフティング(ALWAYS SOMETHING THERE TO REMIND ME)』

懸賞 2009年 12月 05日 懸賞

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★サンディ・ショウを知ったのは私が洋楽に目覚めた初期の頃なので、結構年月を経過している。そもそものきっかけは、母から買って貰ったビートルズのレコードが最初の洋楽のLP盤。その少し前にお友達と一緒にサンリオ・ショップに出入りしていた小学6年生の時に、カーペンターズの7インチ・シングルを買って嬉しかったのだった。このカーペンターズも母の薦めでお小遣いを貰ってのこと。ラジオで時々英語の曲が流れるのが気になり始めていた。ビートルズからデヴィッド・ボウイとなる。そして、同時期にケイト・ブッシュとピーター・ガブリエルが好きになる。ボウイのレコードがなかなか揃わないでいたので他の気になるアーティストのレコードを買うようになっていた。そんな洋楽好きの中学、高校、大学、社会人になっても郷ひろみのレコードは買い続けていた。

ケイト・ブッシュの衝撃は今の私に欠かせない!「女の人のヴォーカルが好き!」と実感したのである。そして、マリアンヌ・フェイスフルやニコを後追いしていた頃にサンディ・ショウのジャケットが気になり購入。それは上のお写真のベスト盤で、中にはジャック・ブレルの『行かないで』のカバーも収録されていた。私はジャック・ブレルの名をサンディ・ショウから知った。そして、後にボウイもブレルのファンであり(スコット・ウォーカーの影響が大きいと想われる)、またさらに後にマーク・アーモンドもブレルのファンでアルバム丸ごとブレルのカバー・アルバムがある。マークの大ファンであるお友達はボウイのファンでもあり色々と教えて頂いたり仲良くして頂いているのだけれど、マークのブレルはボウイ経由だろうと仰っていた。こうした受け継がれてゆく美しき方々を想うと心がほっこりするのは何故だろう。マークのことはもうすぐ。ブレルのことはまた違う機会に。

サンディ・ショウの『(THERE'S)ALWAYS SOMETHING THERE TO REMIND ME』は1964年の2ndシングルで全英チャートの1位に輝いたヒット曲。当時17歳のサンディ・ショウながら落ち着いた雰囲気が素敵。この曲を歌う動画もあったのですっかりYouTubeに感服しているところ。この曲を歌う当時のモノクロの映像を観ると、ますますこの邦題の『愛のウエイト・リフティング』に”あれ?なぬ?...”って想える。何やらオリンピックに合わせての邦題となったと読んだけれど。愛し合っていたふたりがお別れすることになり、「あなたを愛するために生まれたのね、私は」と歌っている。そんな忘れられない想い出たちに包まれて、戻ってきてほしいと願ってもいる。

どうしたらあなたを忘れることが出来るでしょう
一緒だった時のことが思い出される時に
一緒だった時のことが思い出されるたびに

なので、悲恋の歌。でも、曲調は極上ポップであり、それもそのはずバート・バカラック&ハル・デヴィッドによる曲なのだから!フランスのエディ・ミッチェル(ミシェル)も歌っている。80年代の英国ポップ・デュオのネイキッド・アイズも歌っていた。同じ曲を同時期に競作というのか、幾人かの方々が歌うということが多かったのを聴き比べるのも好きだし、カバーも愉しい。少女時代にポップ・スターとなったサンディ・ショウだけれど、60年代後半から次第にお仕事のペースを抑えるようになる。ご結婚され子育てという時期も経て(お子様はミック・ジャガーの娘さまと同じ学校に通っていたそうだ)、80年代に復活された。それは、ザ・スミスのサポートによって。モリッシーのアイドルのお一人であったサンディ・ショウ。そんな復活後に来日されたので私はコンサートに行く事ができた。相変わらずスリムでクールだった。空席が目立ったのだけれど、最後にはスミスのファンの方がステージに駆け上がった、そのお姿が印象的だった。とっても幸せそうだった。大のスミス・ファンのようで後ろのポケットにはお花も入っていた。取り留めのない感じだけれど、サンディ・ショウの好きな楽曲は多いのでまた他の曲なども。「英国のガールズ・ポップ」というと私には指折りに入るお方なので♪

SANDIE SHAW/ALWAYS SOMETHING THERE TO REMIND ME


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by musiclove-a-gogo | 2009-12-05 11:32 | ガールズ・ポップ★洋楽

ジェーン・バーキン(JANE BIRKIN)『ジェーン・B.~私という女(JANE B.)』(1969年)♪

懸賞 2009年 10月 31日 懸賞

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★先述のマリアンヌ・フェイスフル、フランス・ギャル、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ...と皆同い年である私の好きなアーティスト方の中に、ジェーン・バーキンも居られる。初めて知ったのは音楽からだった。同時期に映画『太陽は知っている』の脇役で出演されているのを拝見した(アラン・ドロンとロミー・シュナイダーを観る目的だったのだけれど動くお姿を拝見できて嬉しかった)。私が18歳頃のこと。そして、今も女優ジェーン・バーキンよりも歌手ジェーン・バーキンの方がより好きでいる。セルジュとの出会いは運命だろう!ジェーン・バーキンはイギリス人。まだ女優としても主役を得ていなかった頃。長身で長い脚は当時のロンドン・ファッションにお似合い。けれど、ミニの女王ツィッギー(TWIGGY)が居るし、モデルはワンサカ溢れていた。そのファッションも含めて英国からフランスへジェーン・バーキンは橋渡しをされたお方に想う。メイクもこの当時のジェーンは本来の目の大きさの倍位でアイラインは寝る時も欠かせない(読んだ噂だけれど)という頃。80年代以降だと想う。日本で一気に人気が出てきたのは。特に女性ファンを多く今も持つ理由のひとつに、「自然体で生きる美しさ」のようなお姿に共感できたのだと想う。私はまだ10代で社会に出る手前頃であったので、とても不安な気持ちでいっぱいだった。なので、その時はその「自然体で生きる」という感覚もファンション雑誌で取り上げられている記事を読んでも今ほど理解できない有様。でも、あの綺麗なお声が大好きだった!高音の危うい感じに胸が締めつけられた。才人!セルジュ・ゲンスブールというお方の歌唱指導の賜物なのだろうけれど。

主にジャズをお好きな知人が居て、ロックやポップスと幅広く聴かれる音楽好きのお方。私がフランスの音楽が好きであるということで、ジェーン・バーキンを聴かないといけないだろうと想われたらしい。けれど、「下手過ぎて最後まで聴けなかったです」と笑っておられた。「そうですか...」とそこでまたしても、グッと言葉に出来ない複雑な気持ちが心に残るのだった。感じ方は人それぞれなのだから、そうした意見を聞けて良かったとも想う。けれど、私はジェーン・バーキンは歌が下手なお方ではないと想う。ジャズだとサラ・ヴォーンが好きで詳しくないけれど素晴らしい!ニーナ・シモンも好き!でも、ブロッサム・ディアリーが一等好きだと想う。なにか「ジャズ」とか「クラシック」や「シャンソン」というと高尚な音楽のようで、「ロック」とか「ポップス」、「アイドル」っていうと低俗なイメージをお持ちのお方も居られる。でも、私は好きな音楽を愛でるだけ。そして、私の生きている世界は「俗」である。その日々の中で音楽を聴いてトキメク瞬間が得られたなら、それはどんなジャンルでも素敵ではないだろうか!何もかも、世界中の音楽を聴けるわけではないので、各々の優先順位で好きな音楽を選択されているのだろう。私は幸か不幸か、因果なものでこの得体の知れぬ限りなき魅力を秘めた「音楽」というものと共にいつの間にか生きている。決して、ひと時も離れはしない。私は歌は下手だしリスナー専門!技術的なことなど勉強しようともしないので無知のまま。ただ、「好き!」と想ったアーティストは追い続ける、自然と遠のくことがあっても心の住人たちであり続ける。なので、どうしてもキャリアの長いアーティスト方を先ず挙げてゆくことにもなるのかもしれない。

1969年が歌手としてデビューされた年(ジェーンは22歳か23歳頃)。初めて好きになった曲は『ジェーン・B. 私という女(JANE B.)』。初めて買ったベスト盤に収録されていた。ジェーン・バーキンよりもさらに大好きになるセルジュ・ゲンスブールだけれど、その時はセルジュのことなど何も知らずにいた。随分、年月が流れ、セルジュはこの世に居られないけれど、不思議なものでそんな気がしない。「ポップス」といっても様々。テンポが良くてキャッチーな曲だけではないと想う。私はメロディーがいつの間にか頭や心の中でふと流れ出す、そんな曲たちはスローな曲調でも寂しげでもやはり「美しいポップス」として愛してしまう。

Jane Birkin/Jane.B.


◆ジェーン・バーキンのことを『クララの森・少女愛惜』 ← にも少し綴っているので、あまり重複しないように続けます♪

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by musiclove-a-gogo | 2009-10-31 09:45 | シャンソン・フランセーズ

シルヴィ・ヴァルタン(SYLVIE VARTAN)『アイドルを探せ(LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER)』(1964年)

懸賞 2009年 10月 28日 懸賞

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★シルヴィ・ヴァルタン(シルビー・バルタン)はフレンチ・ポップス界のクィーンで、今なお本国での人気は物凄いお方。嘗て夫でもあられたジョニー・アリデイも然り!このお二人を欠かしてイェイェ(ye-ye)もフレンチ・ポップスも始まらない。デビューは1961年なのでフランソワーズ・アルディより1年早い。当時17歳。60年代は日本でも大変な人気だったらしく母もレコードを持っていた。人気の火付けとなったのは映画『アイドルを探せ』の出演とその主題歌のヒットからだという。映画にはほんの数分しか出演されないけれど、豪華な顔ぶれの並ぶコミカルで素敵な映画で大好き。この曲の作詞をされているのは、御大シャルル・アズナヴールでご本人も映画にも出演されている。この映画と主題歌のことを『クララの森・少女愛惜』 ← にて以前少し綴っています。

シルヴィ・ヴァルタンのアイドル時代とその後、今日までの歴史は長く音楽も雰囲気も時代ごとに異なる魅力なのですが、60年代のイェイェのアイドル時代は殊に可愛いです。フランス・ギャル、フランソワーズ・アルディ、シェイラ...etc.みんな、それぞれ違う可愛らしさ、女の子っぽさ、少女的な雰囲気があるのです。シルヴィの清楚なワンピース姿とブロンドの内巻き変形ボブからセミロングの髪(初期はショートでしたしロングヘアー時代も多いです)はとっても可憐。お声はどこかしっとりした魅力があり、私個人的にはスローな曲調の楽曲がかなり好きです。フレンチ・ポップスはやはり大好きなようです。個人的に蒐集したレコードの半分以上を占めています。ずっと持っていても...と想うので、当店でお好きなお方にお届けできたら幸いかとも想っています。此方でも、シルヴィのシングルやアルバムなどを追々、かなり時間がかかりそうですが綴ってゆこうと想います。

◆ ↓ こちらが、シルヴィが歌う『アイドルを探せ』(19歳頃)で可憐です♪
Sylvie Vartan/La plus belle pour aller danser

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by musiclove-a-gogo | 2009-10-28 10:31 | シャンソン・フランセーズ

懸賞