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『黒蜥蜴』 主演:丸山明宏(美輪明宏)戯曲:三島由紀夫 原作:江戸川乱歩 監督:深作欣二 音楽:富田勲

懸賞 2010年 03月 24日 懸賞

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黒蜥蜴
1968年・日本映画
監督:深作欣二 原作:江戸川乱歩 原作戯曲:三島由紀夫 脚色:成澤昌茂 撮影:堂脇博 音楽:富田勲 美術:森田郷平 出演;丸山明宏、木村功、川津祐介、松岡きっこ、宇佐美淳也、西村晃、小林トシ子 特別出演:丹波哲郎、三島由紀夫

★畏怖の念を抱きながらもやはり綴っておきたいので珍しく日本映画を。1968年の深作欣二監督映画『黒蜥蜴』。主演は尊敬してやまぬ美輪明宏様の改名前の丸山明宏時代で、黒蜥蜴こと緑川夫人。そして、名探偵:明智小五郎は木村功が演じている。原作は江戸川乱歩、戯曲は三島由紀夫という豪華さ。美術は森田郷平とデータに掲載されているけれど、美輪様も大きく携わっておられるに違いないと思っている。映画の冒頭から終盤の壁画(オーブリー・ヴィンセント・ビアズリーの「サロメ」が描かれている)、恐怖美術館の舞台セット、お衣装や小道具...すべて一貫した美意識。耽美!素晴らしい!勿論、お美しい美輪様のお姿も完璧。何よりも好きなのは、日本語の美しき詩的表現の数々である。それらの台詞を聞くだけでも充分に美しいのであるが、宝石商の所有する「エジプトの星」を手に入れる目的で繰り広げられるサスペンス。このお話は屈折した愛の物語でもある。名台詞のひとつ「追われているつもりで追っているのか 追っているつもりで追われているのか 最後に勝つのはこっちさ」とお互いが語る。船中で黒蜥蜴は間もなく海に眠ることになる明智小五郎への思いを語る。本人が聞いているとは知らずに。恐怖美術館での雨宮潤一(川津祐介)の裏切りと宝石商の娘:岩瀬早苗(松岡きっこ)の替え玉...結局は変装して屋敷に潜り込んでいた明智の勝ちだったのだけれど、死んだ(殺してしまった)と思い込んでいた明智が生きていたことを自分の死よりも喜ぶ黒蜥蜴は悪女であるけれど、明智が語る「本物のダイヤはもうなくなってしまった」と。黒蜥蜴こと緑川夫人の心は本物の宝石(ダイヤ)だったのだ。この辺りの絶妙な男女の綾なす秘めた心に胸を打たれる。三島由紀夫も特別出演されており、恐怖美術館の生人形(剥製)の青年として僅かに登場される(この人形化されている三島氏ですが静止するのは難しい体勢だったのか揺れています)。美輪様のお芝居での『黒蜥蜴』は3度拝見しているのだけれど、舞台と映画はまた異なる魅力。詳しいお話は原作を!
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※去年綴ったものですが、音楽は富田勲氏でもあり、すべてに於いて豪華な大好きな作品です。美輪明宏様のお芝居版も勿論、大好きです♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-03-24 13:14 | 音楽・映画・文学★美しい関係

『みだれ髪』 作:与謝野晶子 装幀:藤島武二 ★ 明治ロマン精神の大輪の花♪

懸賞 2009年 10月 04日 懸賞

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★与謝野鉄幹が『紫』(明治34年)を新詩社より刊行。上京した晶子(鳳晶子)を導き、『みだれ髪』(明治34年8月)を刊行。『みだれ髪』は与謝野晶子の処女歌集である。この生涯一途に鉄幹を愛し続けた少女のような与謝野晶子。

鉄幹・晶子の文学的結合は、明治20年代「文学界」のロマン主義以降のロマン精神の大輪の花となった(上田博氏の文献より)。このように、『みだれ髪』は鉄幹の『紫』との相互を知るとさらに美は深まるもの。そもそも『みだれ髪』との提案は晶子の髪型を見て鉄幹が詠んだことにあるようだ。

私の好きな日本文学はやはりロマン主義~浪漫派という中に多くある。そして、女流作家が好きなのも傾向。でも、僅かな偏りの中のこと。ドイツ~フランスとヨーロッパで開花したロマン主義は18世紀から19世紀。遅れて日本の文学にもその浸透が開花してゆく様が好き。

『みだれ髪』の装幀は藤島武二。アルフォンス・ミュシャの影響が大きいのは一目瞭然。彼等はアール・ヌーヴォーの影響を受けている。つつじ色の長い髪に蔽われた顔はハートで囲まれている。そのハートを左上から右下へと矢が貫く。ハートの先からは三輪の花が咲き、ハートから零れるように、《ミだ礼髪》と緋色の文字。優美である。藤島武二の『明星』の表紙も素敵。このように、やはり美しい作品が美しい装幀や挿絵、デザインを伴い、さらに美を極めるのだと痛感する。

この初版本はさらに美しい!私の持っているものは文庫だけれど。ヨーロッパかぶれした子供であった私がようやく日本の文学に興味を抱き始めたのは随分遅い。そして、まだまだ読みたい作品が課題とされている。ふと思い立ったのは、明治や大正という時代が好きな理由は簡単なことだった。西暦に直してみればもっと分かりやすい。『紫』も『みだれ髪』も刊行された年は1901年である。20世紀の始まりである。最初にそのようなことを思ったのは、ニーチェの生きた時代を考えた折のこと。”日本では明治時代なのだ”と「明治」を印象付けることになった。また不思議な符号ながら、ニーチェもオスカー・ワイルドも死に至った年は1900年。その翌年に日本のロマン主義はさらに飛翔してゆく時代だったと思うと胸躍る。

ややこしいけれど、日本文学で「ロマン主義」というのと「浪漫派」とは時代が異なる。「ロマン」を「浪漫」としたのは夏目漱石だそうだ。そのような流れ、また批判を受けてもいた時代に興味は尽きぬ。「ペンは一本、箸は二本」と文筆で生計を立てる困難さを物語る斎藤緑雨というお方の言葉もある。ましてや、女の書物など!という男性の影になることこそ女の美徳とされてきた時代。けれど、女性が表現し始めたという時代でもある。古い因習の壁が如何に堅固なものであり、社会的偏見に立ち向かうこの時代の女流作家や活動家たちの熱き想いを想像し学ぶことは大きい。与謝野晶子のことは、まだ追記いたします。文化学院のマダム・アキコとしての晩年もとても好き。また、あの『源氏物語』を生涯3度も訳したお方。やはり情熱と志を貫いた素晴らしい女性である☆
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by musiclove-a-gogo | 2009-10-04 13:44 | 音楽・映画・文学★美しい関係

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