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『チャーリー・ブラウン』 詩:谷川俊太郎 ~ 『CHARLIE BROWN』 SERGE GAINSBOURG(1969年)♪

懸賞 2010年 04月 11日 懸賞

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『チャーリー・ブラウン』 詩:谷川俊太郎

いつきみはひげが生えるの
丸い頭の子
ぼくらがみんな
ゲート・ボールしかしなくなっても
きみは相変わらず野球に夢中

ジャンパーのポケットに手をつっこんで
不死なる敗北を嘆きつつ歩むきみの姿に
スーパーマンは顔を赤らめ
ハムレットは顔をそむける

★すっかり白い冬は過ぎ去り長閑な春の陽気の日曜日。私のこれまでの人生の半分は日曜日や祝日とは無縁の生活を続けていると気づく。それでも、やはり日曜日って好き!子供の頃からずっと。小学生の頃から大好きなスヌーピーとチャーリー・ブラウン、そしてその仲間たちも。みんな愛すべき存在なのだけれど、殊にチャーリー・ブラウンが大好き。女の子はマーシーが好き。思えば、子供の頃からヨーロッパの異国文化に幼い無知な心ながらある憧憬を抱いて来た。今も継続されているけれど、初めて私がアメリカの文化で親しみを持てたのはチャールズ・M・シュルツのコミックの中の少年少女たちとスーパー犬のスヌーピーだった。伊丹から池田行きのバスで1時間弱。すると「スヌーピーの店」があった。お友達と日曜日に幾度か行ったものだ。母にお小遣いを貰ってなので、お店の上の方に陳列されているものは高価で買えない。なので、小銭で買える文房具やハンカチなどを買って帰る。それで充分嬉しかった。中学になっても下敷きなどはまだ使っていた。そして、すっかり年月を経た今も私はチャールズ・M・シュルツのコミックを読み続け、「スヌーピーと仲間たち」から多くのことを学び続けてもいる。コミックではあるけれどアメリカ文学でもあると思う。

上の谷川俊太郎さんの詩も大好き!多くの翻訳をされているので、どの本で読んだのか覚えていないのだけれど、古びたノートに書き残されていた。こんな事が長年続いているので、こうしてブログに書き写す作業をしているようでもある。

愛しき甥たちもまた幼い頃からケーブルTVなどのお陰で『スヌーピー』のお話に詳しくて、共通の話題が持てることを幸せに思っている。上の甥はとても感性的なものが似ているような大の親友なので、一等好きなのはチャーリー・ブラウン。下の甥はライナスらしい。気が弱いけれど心優しき少年チャーリーもまた、私には永遠の少年のお一人なのだろう。セルジュ・ゲンスブールの曲に『チャーリー・ブラウン』(1969年)がある。映画のサントラをセルジュが手掛けたもの。残念ながらその映画は未見なのでいつか観てみたい。セルジュ・ゲンスブールはエロティックなイメージが強いようだけれど、品性を失わないエロス故に文学的でもあるのだし詩的でもある。今の時代とは違う、あの挑発のセルジュの内面には内向する繊細な魂が見える。そんな内向する精神という点でもやはりデヴィッド・ボウイとの共通項を感じてもいる。なので、あんなに素敵なメロディーが生まれるのではないだろうか...と大好きなので贔屓目いっぱいで説得力などないけれど♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-04-11 11:55 | 音楽・映画・文学★美しい関係

セルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』(1984年)♪

懸賞 2010年 02月 10日 懸賞

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★昨日『レモン・インセスト』を数回聴き、時々起こる胃腸障害のような状態となった。本当にあのシャルロットのお声がたまらなく可愛くて私の心を突き刺す。どうしてそんなに好きなのかは言葉には出来ない。私の抱えている他愛の無いことが起因しているのだろうけれど、そんな他愛の無いことに囚われ続けている。それらを考えるとまた色々なことが想起され涙する。「偏愛音楽」なのだから、「ちょっと好き」とか「けっこう好き」という表現ではなくて、作者の手を離れて年月が経てども私の心に住み着いてしまったものたちなのだ。それらは生き物となんら変わりは無い。ああ、不思議。

さて、セルジュ・ゲンスブールの1984年のアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』。この頃はよく通っていたレコード屋さんに予約して先ず輸入盤のレコードを先に買った。そして、日本盤にもなったので購入した。店主は既にセルジュ好きでいっぱい持っていたけれど、私が買った初めてのセルジュのアルバムはここからがリアルタイム。この作品の前はレゲエ・アルバムを2作リリースしていた。私は先にジェーン・バーキンが好きになっていたので、店主と情報交換するようにもなった。セルジュは共通した大好きなアーティストのお一人である。なので、Velvet Moonにとってセルジュは欠かせないお方である。セルジュの来日公演もまた大切な想い出。このアルバムの邦題の副題は『セルジュ式性愛術』だった。嘗ての洋楽には様々な邦題が付けられていて好き。このアルバムのトップを飾る同名曲『ラブ・オン・ザ・ビート』にも副題があり『もういちどジュ・テーム』。クスっとしてしまう。

書き忘れてはならないのは、このセルジュのアルバムは前年1983年に発売されたデヴィッド・ボウイの世界的大ヒット・アルバム『レッツ・ダンス』のセルジュ版とも云われる。ボウイのバックメンバーが参加していることも嬉しい。当時、何かの雑誌でこのセルジュのアルバムにボウイがシークレットで参加しているって。レコーディング・スタジオにはボウイも居たとかって。嘘でも噂話でも妄想話でも大好きなボウイとセルジュのお姿を浮かべては嬉々とした。今もそうであったかもしれないなあ...って想う。事実なんてどうでもよくて。以前、イザベル・アジャーニのアルバムの中の『ボウイのように』のことを少し書いたけれど、このアルバムの『I'M THE BOY(風変わりな少年)』という曲にもボウイが少しイメージングされているようだ。シド・ヴィシャス、デヴィッド・ボウイ、マイケル・ジャクソン、ミック・ジャガー、ジェームス・ディーン、モンゴメリー・クリフト...たちの名をセルジュは並べていたという(立川直樹氏による解説より)。セルジュはロリータ的なテーマの作品も魅力だけれど、時々こうして少年あるいは男性の歌も登場する。私は嬉しい限り!セルジュの並べる男性たち(スターたち)はそれぞれ魅力的だけれど、どこか中性的な魅力のある方々でもある。セルジュは常に美しい女性に囲まれてお仕事をされてきたけれど、よく云われるような女好きとはちょっと違うと想う。セルジュは逆に女性が好きでなかったのかも...とも想ったりもする。まあ、プロ中のプロ!本質が見え隠れしながらも計算された世界観を構築してゆく(それも大いなる才能)辺りもセルジュとボウイの共通点だと想える。そうそう、このアルバムでのセルジュは女装しておられます。お綺麗な娼婦なのかな。アートデザインは奇才!ウィリアム・クライン。

セルジュとボウイをどちらも大好きなお方は結構居られると想う。私が活字として初めて、こうしたセルジュとボウイの共通するものを指摘されたのはサエキけんぞう氏であった。流石!サエキさんである。セルジュが大好きなお陰で「ゲンスブール・ナイト」などのお手伝いもさせて頂くことになった。そして、予てからファンであった永瀧達治さんに大変お世話になってゆくことにもなった嬉しき出会いよ。あの永瀧達治氏と個人的に言葉を交わすなんて!と緊張してしまっていたけれど、まったく気さくでお優しいお方なのである。名台詞は幾つも記憶しているけれど、「ゲンスぶる」と「アズナぶる」などよく今もフレンチ好きの友人たちの中での会話に登場するのだ。嘗て「ゲンスぶって」おられたお方も「アズナぶって」ゆくらしい。私は元々どちらでもなく「ファルメっている」とミレーヌ好きの友人に言って頂いた。今も「ファルメっている」みたいで、ようやく重い腰ながら『源氏物語』に挑戦しようと時間も無いくせに。偏愛は自然と深まり常に学びである。この先どうなるのかさっぱり分らないけれど、「好きなことを一生懸命しなさいね」って仰って頂いたお言葉はしっかり心に刻まれている。

フレンチポップスが渋谷系亡き後すっかり人気が無いと云う。けれど、私たちは渋谷系という括りで音楽を愛好してはいなかった。ピチカート・ファイブだってそれ以前から好きだったのだし。メディアって面白いなとも想うし怖いなっとも想う。まあ、私たちはこれからもいつか売れるかも...という愛する音楽やアートたちと共に生きてゆくだけ。バブル期に思春期から大人になっていた。管理主義やデータ主義、機能主義へという時代。私は数字なんて最も苦手なのにそんな現実と向き合わねばならなくなってしまっていた。私たちはアート主義だと指摘され、これからの時代はそれではダメだって云われた...かなりの打撃だった。しかし、ダメとかイイとかではなくて私たちは頑固にもそれらの人々から離れ今に至る。音楽に関わるお仕事ばかりしているけれど、常にアーティスティックの鏡のようなボウイやセルジュ...愛するものたちのお陰で今も生きている。どうにか食べてゆければ幸せだと想う。私たちに大きな野望などなにもない。私はお婆さんになっても出来るだけ元気で、可能ならば小さな子供たちに囲まれて過ごせたらいいな...と長閑な光景を浮かべる。けれど、現実は厳しく耐えることばかり。試練続き。それも学びであり知らないうちに糧となることでもあろう♪

SERGE GAINSBOURG/LOVE ON THE BEAT 1984年
1. Love on the Beat
2. Sorry Angel
3. HMM HMM HMM
4. Kiss Me Hardy
5. No Comment
6. I'm the Boy
7. Harley David Son Of A Bitch
8. Lemon Incest

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※データが吹っ飛んで以降、セルジュの在庫登録すら僅かしか出来ていない有様ですが、毎日チクチク登録作業をしながら偏愛を深めているようです。皆様、いつもありがとうございます!

(追記)
*申し訳ございませんが、さらなる無関係なコメントが来るような語彙(単語)のコメントは消去させて頂きます。ご理解とご協力をお願いいたします♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-02-10 19:02 | シャンソン・フランセーズ

シャルロット・ゲンズブール(CHARLOTTE GAINSBOURG)『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』(1984年)♪

懸賞 2010年 02月 09日 懸賞

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★シャルロット・ゲンズブール(CHARLOTTE GAINSBOURG)のデビュー曲となる『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』。父であるセルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)の1984年アルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』を購入して死ぬかと想った!この比喩は大袈裟なようだけれど、こんなにある一曲が私の胸を突き刺すような体験は後にも先にもこの曲のみ(近いものは他にもあるけれど)。因って、今なおシャルロットは私にとっての「聖少女」であり続けている。美しい二児の母親になられ大女優への道を歩んで行かれても。この曲に限ってはセルジュやショパン云々よりも、少女シャルロットのお声がすべてである私。あの歌唱は芸術品とも云える。やはりセルジュは天才だ!常日頃から脳内少女幻想気質の私は結構遠めに傍観してもいる。けれど、この曲に限っては想い入れが尋常ではないものでまったく落ち着きが無くなってしまうらしい。もう何十回もこの曲を聴いているけれど、今も聴きながら胸に刺さったものは消え失せることはないので痛い。この曲はポップ・シングルにしては短くもなく5分11秒。6分あれば持たないかもというくらいの衝撃だった。嘘ではないので、同じようなお方が居られましたらお知らせ下さい。

落ち着こう。この『レモン・インセスト』はアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート』のラストに収録されている。セルジュとシャルロット親子によるデュエット曲、それも禁断の危ない曲で、今も嫌悪されるお方も結構居られるという。けれど!私にセルジュのような才能があり、シャルロットのような娘が居たならばこの曲を12歳のシャルロットの為に、自分の為に作るに違いないと想う。人生に於いて妄想が無くなってはつまらない(過剰は問題だと知っている)。セルジュが居てくださることで当時の私の心の葛藤は幾分か和らぐものだった。私の少女愛惜及び少年愛好は今も留まりはしない。これまで良き友人としてのアドバイス(忠告&警告)のようなご意見を頂いて来たけれど、やめられない。近親相姦の歌。それだけで揶揄するのは視点の違いで、この曲はこの少女期のシャルロットにしか歌えない、その娘とデュエットする機会はこの時期しかないというセルジュの知的な計画は脳内にあったと想う。下のPVをご覧ください!シャルロットの消え入るような危ういヴォイスで一生懸命歌っている時の横の父セルジュの顔や首の動きを!見守るように愛でているあのお姿は痛いほどに伝わる(少し笑ってもしまうけれど)。これです!この曲は私の心の支柱でもある「少女愛惜」のテーマ曲のように勝手に想っている。また何を云ってるのか分らなくなって来たけれど、不謹慎なようだけれどセルジュ流の文学を歌の中に持ち込んだ一曲で、猥雑さの中に常に品性をも欠かすことのないセルジュのこれまでの多くの楽曲たちを再度聴いてみてください。本物ですから!何がというと、プロとしてのお仕事ぶりも然り、ロリータ趣味のことです。きっと、ブリジット・バルドーの存在が大きいと想っている私(ジェーン・バーキンよりも)。また、マリリン・モンローの存在もかなり大きいと想う。男性視点と女性視点は時に目線のズレが生じその行方を左右するけれど。

この『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』。シャルロットの1stアルバムのオリジナル盤には収録されなかったけれど、後のジャケット変更後のものには収録されている。そのシャルロットの1stアルバム・タイトルは『CHARLOTTE FOREVER』である。『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』から2年後の1986年発売。まだ少女期のシャルロットながらこの2年の時間はとっても!大きく重要だ。確信犯的にセルジュはそれを充分に知っているが故に「この時期を逃しては!」とご自分のアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』のラストにこの曲を収録し余韻を残した。愛娘の大プロモーションを全身全霊を込めて開始してゆく。これも親の愛!これぞ父の愛!さらに、エロディ・ブシェーズを見出し、映画『スタン・ザ・フラッシャー』を撮った。このインストであるテーマ曲もとんでもない名曲!死して「やはりセルジュは偉大であった」と云われるようになったけれど、「すべてを手に入れたけれど人生に失敗した」と云い、また「しあわせなどない」というようなセルジュらしい言葉をそのまま受け取ることも出来ない。屈折具合は半端ではないし、挑発的な言動の裏側には「愛」に拘り続けた繊細な姿がいつもある。また、「死を待つ」と云うセルジュの老境でのこれらの作品はやはり知的な一流のプロ職人のようにさえ想う。

セルジュのことはまた追々。アルバム『ラブ・オン・ザ・ビート』のことを続けようと想います♪


※見てください!この少女シャルロットの可愛さ!美しく長い御御足を捉える罪なカメラ♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-02-09 11:35 | シャンソン・フランセーズ

ジェーン・バーキン(JANE BIRKIN)『ジェーン・B.~私という女(JANE B.)』(1969年)♪

懸賞 2009年 10月 31日 懸賞

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★先述のマリアンヌ・フェイスフル、フランス・ギャル、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ...と皆同い年である私の好きなアーティスト方の中に、ジェーン・バーキンも居られる。初めて知ったのは音楽からだった。同時期に映画『太陽は知っている』の脇役で出演されているのを拝見した(アラン・ドロンとロミー・シュナイダーを観る目的だったのだけれど動くお姿を拝見できて嬉しかった)。私が18歳頃のこと。そして、今も女優ジェーン・バーキンよりも歌手ジェーン・バーキンの方がより好きでいる。セルジュとの出会いは運命だろう!ジェーン・バーキンはイギリス人。まだ女優としても主役を得ていなかった頃。長身で長い脚は当時のロンドン・ファッションにお似合い。けれど、ミニの女王ツィッギー(TWIGGY)が居るし、モデルはワンサカ溢れていた。そのファッションも含めて英国からフランスへジェーン・バーキンは橋渡しをされたお方に想う。メイクもこの当時のジェーンは本来の目の大きさの倍位でアイラインは寝る時も欠かせない(読んだ噂だけれど)という頃。80年代以降だと想う。日本で一気に人気が出てきたのは。特に女性ファンを多く今も持つ理由のひとつに、「自然体で生きる美しさ」のようなお姿に共感できたのだと想う。私はまだ10代で社会に出る手前頃であったので、とても不安な気持ちでいっぱいだった。なので、その時はその「自然体で生きる」という感覚もファンション雑誌で取り上げられている記事を読んでも今ほど理解できない有様。でも、あの綺麗なお声が大好きだった!高音の危うい感じに胸が締めつけられた。才人!セルジュ・ゲンスブールというお方の歌唱指導の賜物なのだろうけれど。

主にジャズをお好きな知人が居て、ロックやポップスと幅広く聴かれる音楽好きのお方。私がフランスの音楽が好きであるということで、ジェーン・バーキンを聴かないといけないだろうと想われたらしい。けれど、「下手過ぎて最後まで聴けなかったです」と笑っておられた。「そうですか...」とそこでまたしても、グッと言葉に出来ない複雑な気持ちが心に残るのだった。感じ方は人それぞれなのだから、そうした意見を聞けて良かったとも想う。けれど、私はジェーン・バーキンは歌が下手なお方ではないと想う。ジャズだとサラ・ヴォーンが好きで詳しくないけれど素晴らしい!ニーナ・シモンも好き!でも、ブロッサム・ディアリーが一等好きだと想う。なにか「ジャズ」とか「クラシック」や「シャンソン」というと高尚な音楽のようで、「ロック」とか「ポップス」、「アイドル」っていうと低俗なイメージをお持ちのお方も居られる。でも、私は好きな音楽を愛でるだけ。そして、私の生きている世界は「俗」である。その日々の中で音楽を聴いてトキメク瞬間が得られたなら、それはどんなジャンルでも素敵ではないだろうか!何もかも、世界中の音楽を聴けるわけではないので、各々の優先順位で好きな音楽を選択されているのだろう。私は幸か不幸か、因果なものでこの得体の知れぬ限りなき魅力を秘めた「音楽」というものと共にいつの間にか生きている。決して、ひと時も離れはしない。私は歌は下手だしリスナー専門!技術的なことなど勉強しようともしないので無知のまま。ただ、「好き!」と想ったアーティストは追い続ける、自然と遠のくことがあっても心の住人たちであり続ける。なので、どうしてもキャリアの長いアーティスト方を先ず挙げてゆくことにもなるのかもしれない。

1969年が歌手としてデビューされた年(ジェーンは22歳か23歳頃)。初めて好きになった曲は『ジェーン・B. 私という女(JANE B.)』。初めて買ったベスト盤に収録されていた。ジェーン・バーキンよりもさらに大好きになるセルジュ・ゲンスブールだけれど、その時はセルジュのことなど何も知らずにいた。随分、年月が流れ、セルジュはこの世に居られないけれど、不思議なものでそんな気がしない。「ポップス」といっても様々。テンポが良くてキャッチーな曲だけではないと想う。私はメロディーがいつの間にか頭や心の中でふと流れ出す、そんな曲たちはスローな曲調でも寂しげでもやはり「美しいポップス」として愛してしまう。

Jane Birkin/Jane.B.


◆ジェーン・バーキンのことを『クララの森・少女愛惜』 ← にも少し綴っているので、あまり重複しないように続けます♪

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by musiclove-a-gogo | 2009-10-31 09:45 | シャンソン・フランセーズ

フランス・ギャル(FRANCE GALL)とセルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)『PAUVRE LOLA』♪ 

懸賞 2009年 10月 26日 懸賞

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★なんでも脳髄内で連鎖し合う(人は妄想とも仰る)のですが、15歳でデビューというと郷ひろみもだけれどフランス・ギャル!シルヴィ・ヴァルタン(シルビー・バルタン)もフランソワーズ・アルディも10代でデビューされているけれど、この中ではギャルちゃんが最もお若い。1947年生まれで今62歳なのです。けれど、「永遠のアイドル」と呼べるお方はあの時代へ私たちをタイムスリップさせてくださる。現在のフランス・ギャルは最愛の夫や子供を亡くされてから、活動は休止されたまま。15歳で芸能界に入った方々、それもファンに騒がれるハードな日々。そんな人気の陰に如何なる苦悩が隠されていただろう...などと想像する。ゆえに、「頑張って!」と応援したくなる。アイドルはやはり容姿端麗かつ醸し出すオーラに天性のポップ感覚があるお方が多い。私はアイドル以降のフランス・ギャルも好きなのだけれど、アイドル時代、殊にセルジュ・ゲンスブール(セルジュ・ゲンズブール)とのコラボレーションは忘れることは出来ない。セルジュのことは好き嫌いの別れるお方だろう。私の友人にフレンチ・ポップスが好きなのにセルジュはあまり興味はないというお方が幾人か居る。しかし、皆、フランス・ギャルは好きなのだ。何といっても可愛いのだから!

セルジュはある種のポップ職人!売れる曲を簡単に書けるし、まったく商業主義から離れた作品もある。頭が良いのだ。まあ、プロという世界。60年代(イェイェ時代)まだ10代の少女フランス・ギャルちゃんとセルジュの共演(デュエット)もある。フランス・ギャルの魅力を語るにはまだまだ尽きないので追々作品と共に此方で。今回はフランス・ギャルの魅力の一つである「キュートな狂い」。愛らしい歌声、優しく甘美な歌声、ちょっと小生意気な歌い方...曲によって様々なのだけれど、時々狂ったような歌声になる。そんなギャルちゃんが大好きで「わあ!また狂ってる。可愛い~!」となる。この「狂い」という言葉は褒め言葉♪

「Serge Gainsbourg et France Gall/Pauvre Lola」という動画があったけれど、埋め込み出来ないみたいなので記しておきます。この曲はセルジュの1964年のアルバム『GAINSBOURG PERCUSSIONS(パーカッションズ)』の中に収録されている曲。動画は1968年時のもの。バックでケタケタと甲高い笑い声の少女がいる。そのお声はフランス・ギャルである。ただ笑っているだけ!ギャルちゃんの天性のお声の魅力をセルジュは素早く見抜いていたのだろう。フランス・ギャルにとってはこれらのアイドル時代はやや封印されている感も強いのですが、どうしたってあのフランス・ギャルはキュート過ぎる。忘れることなどできない。それがアイドルの魅力であり宿命でもあるのかもしれない。偉そうに云ってますが80年代に入ってからのアルバムからのリアルタイムなので、この時期のギャルちゃんはずっとずっと後追い。けれど、大好き☆

その動画は ↓ こちらです。モノクロですが画像はまあまあ良いですよ♪
「Serge Gainsbourg et France Gall/Pauvre Lola」

◆上のお写真はあまり喜べないなあ。セルジュ、ギャルちゃんにくっ付き過ぎ!この前はブリジット・バルドーに失恋していて、ジェーン・バーキンと出会う前。セルジュの後々のあのロリータ・コンプレックスはきっとギャルちゃんが一気に火をつけてしまったのかも...などとも想ったりする。しかし、美女にモテモテのセルジュの華麗なる軌跡には天晴れ!私もカッコイイと想うけれど♪

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by musiclove-a-gogo | 2009-10-26 07:50 | シャンソン・フランセーズ

ニコ(NICO)映画『STRIP-TEASE』(1963年)★音楽:セルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)♪

懸賞 2009年 05月 08日 懸賞

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★日本未公開のフランス映画『STRIP-TEASE』(1962年製作・1963年公開)にアリアンという役で出演していたニコ。まだクリスタ・ニコとクレジットされていた頃のもの。私はYouTubeを長時間観るのが苦手ながら、少しでもこの映画の中のニコのお姿を拝見できることは嬉しいので、お気に入りに入れている。モノクロームでまだお若いニコのお姿と、素敵なセルジュ・ゲンスブールのモダンな音楽、ダニー・サヴァルも出演されている。監督はジャック・ポワトルノ-。セルジュはピアニスト役でも出演されている。この映画の主題歌『STRIP-TEASE』(1963年)はセルジュとアラン・ゴラゲールによるもので、歌われたのはジュリエット・グレコ。当初はニコが歌う予定でその音源も残されている。聴けた時は飛び上る思いでした。

もしも、このシングルで音楽デビューしていたなら、ニコの人生も変っていたかもしれない。運命のいたずらというのか不思議な巡り合わせやすれ違いを想う。この映画の2年後1965年に、ニコは英国・ロンドンよりシングル『I'm not sayin' I'll be true』でデビュー。ギタリストにはジミー・ペイジが参加している。また、この英国デビューのきっかけは、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズだそうで、後の来日時のインタビューでニコはその時(1965年)にブライアンから薬物を教わったとも...あれあれ☆



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by musiclove-a-gogo | 2009-05-08 00:35 | 洋楽ロック・ポップス★60年代

イザベル・アジャーニ(ISABELLE ADJANI)『ボウイのように(BEAU OUI COMME BOWIE)』(1983年)♪

懸賞 2008年 04月 19日 懸賞

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★1983年のイザベル・アジャーニのセルジュ・ゲンスブールによるプロデュース・アルバム『雨上がりの恋人(PULL MARINE)』。アルバムの中では『マリン・ブルーの瞳』が一等好き(ジェーン・バーキンもこの曲を歌いたかった程だという)だけれど、やはり『ボウイのように(BEAU OUI COMME BOWIE)』を。このアルバムは発売当時に購入することができ、この曲名に先ず驚いたというか飛び上がりそうな想いであった。大好きなボウイ(BOWIE)の名がタイトルにあるうえに、歌詞の中に幾度も出てくるのだから!この頃のアジャーニはウォーレン・ビーティとの恋の噂もあった頃だったような。アジャーニの出演される映画もやはり追っている私。セルジュはご自分のルックスにコンプレックスを持たれていたそうだ。でも、私は70年代のセルジュの風貌や雰囲気がたまらなく好きだしカッコイイ!と想う。ふとボウイのことを考えていて語呂合わせ、韻を踏んだセルジュお得意の言葉遊びから作られた曲なのだろうか。流石に審美眼の長けているセルジュ!ボウイとセルジュ、オスカー・ワイルドとドリアン・グレイ...正しく”ボウイのように美しい”!私の好きな世界♪

ボウイのように(Beau oui comme Bowie)
  Isabelle Adjani/Serge Gainsbourg


女性の形をした男性 軽く罅が入り
  少し猫的すぎる あなたは自分が何者か知っている
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  少しオスカー・ワイルド風 少しドリアン・グレイ
  少し冷たい輝きと 氷のような雰囲気
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  肉体と 姿の間にある差は 
  音楽のよう 充分に躊躇わされる
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  あなたが持っている物は すべて、わたしが嫌いな物
  あなたは充分すぎるほど 自分が何者か知っている
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように


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by musiclove-a-gogo | 2008-04-19 10:47 | シャンソン・フランセーズ

ジェーン・バーキン(JANE BIRKIN)『ラブ・フィフティーン(LOVE FIFTEEN)』(1990年)♪

懸賞 2007年 11月 06日 懸賞

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★1990年のジェーン・バーキンのアルバム『AMOURS DES FEINTES(いつわりの愛)』の中のセルジュ・ゲンスブールによる曲。セルジュは死が近づく中、ますます抱え込んだロリータ幻想を歌や映画に刻み込んだように想う。セルジュは好き嫌いの分かれるアーティストのおひとり(私は大好き!)。フランス人の方でもセルジュの訳詩・解釈は困難だという隠された意味合い。フランスの文学の歴史を追ってみても分かるように、猥雑さとインテリとは密着だったりする。”お仏蘭西”な優雅な世界も勿論存在しながらも。そんなところが面白い。永瀧さんの監訳、超訳の天才!サエキさんのこの訳詩が大好き♪セルジュを愛する人たちなら伝わりますよね☆不道徳と批判されても生涯セルジュはロリータを妄想し続けた。スタンはセルジュであるとも想えるのだし..セルジュは酷評・批判されることにはすっかり慣れていただろう。死後、ようやく”やっぱり、セルジュは偉大だった!”って・・・天才とはこういう人生だったりする。

以下は『ラブ・フィフティーン』の後半部より♪

白いテニス・ソックス その上はあらわに
愛しき15才、ジーンズの青
彼女の目が俺に注がれると 俺は感じてしまう
愛しき15才、冷たい一杯のジンのようさ
俺の心の 深層部まで入ってくる
愛しき15才、彼女は清純か?
だれがそれを証明できる?
彼女は俺のユーリディス
俺はオルフェだったのさ
彼女の側をジェームス・ディーン
のような男が通りかかったんだ
そんなわけで、アリスはいなく
なった。それも運命だろう
愛しき15才
俺は永遠の憂鬱をかかえこんだ


『さよならセルジュ』(監訳:永瀧達治 超訳:サエキけんぞう)より。

少女趣味、少女幻想...嫌いなお方は多い。ロリータというと性的な妄想を先行させるお方も多いだろう。私は違う、ただ”少女や少年の儚き刻”が美しい!とずっと想ってきた。何故だかいつになってもそんな想いは深まるばかり。戻れない時間、嘗て誰もが通過してきた僅かな時を。一瞬だからこそ美しいのだろう...それに伴う切なさや愛惜の気持ち。作品の中で表現していたセルジュに乾杯!セルジュは文学という中にも位置するようなアーティストだと想っている。私はずっとセルジュが好きだけれど、まだまだ足らない。なので、もっともっと好きでいたい。残された作品たちや言葉たちの中に、”類は友を呼ぶ”誇り高き幻想がいっぱい。社会に背いているようだけれどセルジュは内向的だ。なので表現や比喩の中で謳う。ルイス・キャロル~ナボコフ~セルジュは国籍を超え、私たちの先導者のよう。私は彼らの愛した世界に、同世代のソフィア・コッポラやギャスパー・ノエ、ルシール・アザリロヴィック達の感覚を併せ持った者のように親近感を覚える。さらに、少年については私の幼少時からの逃れられない大切な世界が付随しているのだけれど...☆

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by musiclove-a-gogo | 2007-11-06 11:02 | シャンソン・フランセーズ

アンナ・カリーナ(ANNA KARINA)『ローラー・ガール』(1966年)映画 『アンナ』より♪

懸賞 2007年 10月 29日 懸賞

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★1966年作品ながら公開されたのは1998年、観ることができとても嬉しい♪セルジュの音楽が大好きなのでレコードで先に聴いていたもの。映画の公開、サントラもCD化された。とても懐かしくこの10年弱の経過の中で、色々な想い出たちが交錯しやや感傷的になったり微笑んでしまう私がいる。フランス語の曲ばかりのイベント「Love On The Beat」を始めたのは1994年。そんな中で私の下手なDJの中心にセルジュ・ゲンスブールは欠かせないお方だった。velvetのお客様や私の友人たちなら知ってくださっているけれど、東京発から遅れて関西も”渋谷系”というブームがやって来た。周りの同業者方も”フレンチ始めました”と品揃えし出す...私たちはそういうブーム(時代の流れ)に疎いし、好きな音楽を扱っていただけだということを。でも、同じく愛しのゴシックや奇妙な音楽たちを好むお客様もいて下さる。勿論ボウイ・ファンや音楽(バンド活動など)に命を賭けているような方々も多い。そうして、今も何も変わりなく(変われない)好きな作品を扱っているし、愛しの音楽たちの基本は変わりようがないみたい。セルジュが監督だと勘違いしていたけれど、『ガラスの墓標』(1970年)のピエール・コラルニック監督作品。主演はこれまた大好きな女優さまのおひとりであるアンナ・カリーナ♪そして、今年お亡くなりになられたジャン=クロード・ブリアリ、パーティー・シーンで可憐に登場され歌われるマリアンヌ・フェイスフルさま♥お話云々以前の歓喜!映像も綺麗で音楽も最高!アンナ・カリーナの魅力に溢れている。丸い黒ぶちの眼鏡が欲しいなぁ~♪と思ったり、公開時に着もしないのにTシャツを買ったり大騒ぎしていた。DVD化されすぐに買った。大好きな方々が勢揃い!中でもマリアンヌさまの登場シーンばかり繰り返し観ていた。この頃のマリアンヌさまは既にドラッグを始めていたので、どうも目が虚ろで可憐で儚い可愛らしさで、当のご本人まで夢うつつ♪な感じ。そんな時代の空気感がファッションなどにも顕著でとてもカラフル・ポップ!今回は、劇中でアンナ・カリーナが歌うとってもカッコよくてキュートな『ローラー・ガール』を♪『太陽の真下で』もカリーナの歌う名曲だけれど、この曲は60年代のイエイエの雰囲気いっぱい!

私は男がハーレー・ダヴィッドソンや
BMW、16トン・トラックに貼り付ける娘よ

私はローラー・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール 

私は漫画の吹き出しの娘
コミックのロリータよ
劇画の中でも
一番危険な娘なの

私はローラー・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール 

私は騙し絵の愛
転写画なの
危険と隣り合わせ
フィクションの愛よ

私はローラー・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール ローラ・ガール
ロ・ロ・ローラー・ガール


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by musiclove-a-gogo | 2007-10-29 12:22 | シャンソン・フランセーズ

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