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懸賞 懸賞

「ミューズとは我々の夢に最大の影、あるいは最大の光を投げかける存在である。」by ボードレール♪

懸賞 2010年 08月 16日 懸賞

残暑お見舞い申し上げます。

独断と偏見極まりない偏愛をつらつらと綴っております私。まだブログというものを知らない頃に『BRIGITTE』という私の気ままな愛好会用のサイトをVELVET MOON内に作って頂いたことに始まりました。

「ミューズとは我々の夢に最大の影、あるいは最大の光を投げかける存在である。」とシャルル・ボードレールは語った。私はこの言葉が好き。さらにそれらのミューズ達は美しいだけでは無かった。太古の時代からこの現在に至る歴史の中のそんな宿命の女(ファム・ファタル)に魅せられる。時代も国籍も越え、神話や妖精、文学や絵画、映画や音楽に至る私の好きな世界に必ず!存在するそんな女性達とはいったい?という疑問が付きまとう...重ねてゴシックとは?というテーマも未だに追いかけている対象。此処は自分でも綴ってみないと分からない場所。愛読書の「世紀末の夢」(フィリップ・ジュリアン)から多々引用させて頂くであろう。愛するニンフ達の美しいお姿と共に。
(2004年8月8日付)

こんなふうに書き始めたものでした。今も基本は変わりないのですが、もう少し追記させて頂くと、例えば「心に残る映画」をふと想い描くと、次々と浮かぶ美女たち!勿論、格別のお気に入り女優たちの各作品もながら、私のようなお気楽な鑑賞道楽者にとっては「美こそ、すべて!」あるいは「女優ありき!」なのだとつくづく再認識している今日この頃です。音楽も文学もすべて総合芸術として様々な作品やアーティストが連なり合う様はやはり愉しいのです。「宿命の女(ファム・ファタル)に魅せられる」という中にはどうしても「悪女」が付き纏う。人それぞれの「悪女」のイメージがあると思いますが、私が魅せられる「悪女」は美しく知的。性悪女とは違う!けれど、そんな「悪女」の中にも「愛らしい」と想える方も居れば、「とっても恐ろしい」存在も。これらは少女愛好や、私の好きな時代が19世紀であることなどとも大きく繋がっています。ロマン主義的な芳香を愛してやみません。象徴主義から世紀末におけるデカダンス。それらの傍らにはなんとも魅惑的で謎の美女たちが多く存在しているのです。女性とも限らないミューズたち。「ヒロイズム」もまたロマン主義に欠かせないものであるので、1940年代から1950年代のハリウッド産「フィルム・ノワール」から「フレンチ・フィルム・ノワール」の世界を愛する私が居ます。犯罪映画に美女の存在は大きく、娼婦であったり妖婦であったり様々な姿で登場される。ヴァイオレンス描写やアクションはあまり好きではないのですが、記憶に残っている場面の多くは運命に翻弄される男たちであり女たちの美しくも滅びゆく姿であることが多いのです。「男の美学」に憧憬を抱き、また男性社会の中での女性たちのお人形ではない自己、自立という中で描かれる「女性映画」ともリンクしてゆきます。

映画の中の悪女列伝を脳内で描いておりましたら大変なことになっています!なので、少しずつ此方で「魅惑の悪女たち」も映画を主に綴ってゆこうと想います。

真っ先に浮かぶ「魅惑の悪女」・・・シモーヌ・シニョレにジャンヌ・モローなどは作品を挙げると多くなります。『ミザリー』のキャシー・ベイツも美しいとは思えないけれどとっても怖い悪女でした。ロリータもまた悪女であったりします。年代も国籍も問わずですので膨大になりますが、作品としても好きなものを優先しながら少しずつ纏めてゆけたらと想います。
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by musiclove-a-gogo | 2010-08-16 03:28 | 未分類

仮想ペットのうさちゃんがやって来ました☆よろしくお願いいたします♪

懸賞 2010年 05月 21日 懸賞

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★chouという木を育てているのですが(このブログのサイドバーにて)、少しずつ成長しています。でも、まだまだ木になるには年月が必要です。孤独なオタクびとのようですが、本日よりまたまた仮想ながらペットを飼うことにしました。なかなか実家に帰れないので愛犬にも会えません。時々甥に電話すると聴覚凄いので私の声が分るらしいです。嬉しくワンワンと言ってくれますがなかなか会えない...。

このうさぎちゃんのお名前は「うさちゃん(usachan)」です。うさぎは小学校の校庭の隅で飼われていたのですが、ある日悲劇が起こり、目撃してしまった私はちょっとしたトラウマがありました。時を経て、高校生の修学旅行でスキーに行きました折に、リフト(だったですよね?)に乗って移動するのが怖くて怖くて!私は高所恐怖症で、閉所恐怖症という難儀な体質です。でも、先生に乗るように言われガクガクブルブルしながら長い距離を。出来るだけ下を見ないようにしていたのです。すると、右前方にぴょんぴょんと跳ねる野うさぎを発見!真っ白な雪の中でとても可愛いのでした。そのうさぎを見ていると少し怖くなくなり乗り切ることができました。恩人のように思えたのです。それからはそのトラウマは随分解消されてゆき今は平気です。お友だちで、本当にうさぎちゃんを飼っているお方も居られるのでお話をお聞きするのも好きです。

よく分かりませんが、このブログを書くことで成長してゆき、なんと!言葉を覚えるそうです。本当でしょうかね...覚えたらどうなるのか?も分らないのですが、まあ楽しみです。

今夜は某所に出張DJで行って参ります。yamatenとマッチ君とご一緒に。なので、CDを選ばなくてはなりませんし、作業も早くしなくてはなりませんが、朝からマイク・オールドフィールドを聴いていました。私はレコードの音がやはり好きなので、レコードで聴いていました。また、そのアルバムのことも♪

(追記)
★サイドバーの「usachan」の下に表示される広告と私はまったく関係ございません。自動的に表示されるようです。紛らわしいので嫌ですが無料でお借りしているパーツゆえ、ご了承ください♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-05-21 10:07 | 未分類

ボーイフレンズ・デッド(BOYFRIEND'S DEAD)『HERE SHE COMES』(2006年)♪

懸賞 2010年 01月 30日 懸賞

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『ボーイフレンズ・デッド(BOYFRIEND'S DEAD)』という関西のシューゲイザー・バンド。男女4人から成る。2005年に初ライヴ。その後、着実に実力を付け、聴くたびに上手くなっている。そんな彼らのデビュー・アルバムが昨年発売された。関東のシビック(SIVIC)というバンドとのスプリット・アルバムとして。どちらもなにか甘酸っぱい切なさがある。ボーイフレンズ・デッド(BOYFRIEND'S DEAD)は殊に友人であるということもあり、贔屓目いっぱいである。4人ともシャイで繊細。けれど、内に秘めたものは熱い。そんな蒼い炎は内省的ながら迸るエネルギーはしっかり届く者には届く。まだまだ上手くなるだろう。まだまだ素敵な曲が作られてゆくだろう。

町の瓦に雨降るように
わたしの心に雨が降る
わたしの胸に滲み込む
この物憂さは 何だろうか

「言葉なき哀歌」


楽の音を さらにまたいつまでも
君の詩が空翔る感じをあたえ
露地裏の思いから 他の空へ他の愛へ
遁れはしって行きますように

「詩法」

★ポール・ヴェルレーヌの二つの詩篇を拝借いたしました。楽の調べが共にあるヴェルレーヌが大好き。そして、私の想うボーイフレンズ・デッド(BOYFRIEND'S DEAD)の音楽ととてもお似合いなのだ。私にとって、彼等の音楽は「シューゲイザー」や「ヴェルヴェッツ・チルドレン」でもあり、カテゴライズできないとも想う。人間が魂を込めて奏でる。羽ばたく翼は雨に打たれ傷を負っても空を翔る。翔けたいと願うかぎり。そんな想いが私のエネルギーともなる。愛する友たち、ありがとう♪


※この曲はCDに収録されていませんが、彼等の初期名曲のひとつです♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-30 23:01 | 未分類

コートニー・ラブから想起するある少女の思い出★HOLE(ホール)『MISS WORLD』(1994年)♪

懸賞 2009年 02月 18日 懸賞

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『この少女時代のコートニー・ラブを見ては思い出す、ある少女の笑顔と思い出』
コートニー・ラブ(Courtney Love)のロックバンドHOLEの2ndアルバムの裏ジャケットに写るこのお写真。大ヒットしたアルバムであり私も好き。発売当時からこのお写真を見ては何かやるせない思いを抱き、時には泣いてしまうこともある。今日は大丈夫そうなので。この少女時代のコートニー・ラブはいくつくらいだろう...10歳前後のように感じる。また、このお写真を撮ったお方はおそらく2人目か3人目の義父ではないだろうか...とまったく私はコートニーについて詳しくないけれど勝手な妄想。女優としても活躍し始めた頃だったと思う。その時期はマドンナと論争のようなことをしていたようだった。何かの雑誌でコートニーがマドンナを批判する発言などを読んだ時に、コートニーの実の父親はグレイトフル・デッドのローディーのような事をされていて、一緒にいる時間はなかったようだと知った。後に、コートニーの母親は幾度か結婚離婚を繰り返し、コートニーがまだ小学生の頃にはその母親からも離れて施設生活をして育った少女だと知った。真実は分からないけれど、不遇な少女時代、愛に餓えたまま大人になっていったのではないか...と思うようになった。一時期、ライオット・ガールズというような表現がされていた女性ロックバンドの方々。その中にはベイブズ・イン・トイランドやL7のメンバーもいて、コートニーも彼女達との交流を経てホール結成に至っている。いつも気になること、ベイブズ・イン・トイランドもホールにもお人形が存在する。けれど、破壊されているのだ...私はお人形を抱きしめる方なので投げたり傷めるようなことはしたくない。でも、人それぞれの愛し方があるし存在理由があるだろうと思う。何故、彼女たちはお人形を破壊するのに必要とするのだろう。好きだからだと思う。また、何かしらその気持ちの中には少女時代の思い出と繋がるものがあるように感じる。
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このお写真の少女コートニーはどこかはにかんだような愛らしい微笑みを浮かべ可愛らしい。けれど、なにか悲しい。小学生の頃、記憶では4年生頃から挨拶を交わすようになった同い年の少女がいた。一緒に遊んだことは一度もないけれど、”おはよう”とか”バイバイ”とか。中学生になって前年度の担任だった女の先生は体育の教師で素敵なお方だった。独身だと仰っていて映画がお好きだというので私はその先生の言葉をいつも必死で聞いていた。翌年は担任ではなくなったけれど、体育の時間はその先生。その先生がその時担任だったクラスにその小学生の頃から挨拶だけする少女がいた。このコートニーを見るとその彼女を思い出す。似ているのではないけれど、少し寂しそうで、少し怖い。その少女の家庭も複雑だと耳にはしていた。けれど、人の噂なのでどこまで本当かは知らないけれど聞いていると怖くなるお話だった。その少女は次第に登校拒否をし始めた。義務教育なので担任の先生は遠いのにそのお家まで迎えに行かれたりしていた。でも、先生も毎日迎えに行く事は無理だった。そこで、どういう経緯かは分からないけれど、私が待ち合わせて一緒に学校に行く役目を受けた。待ち合わせられる方向であり小学生の頃から知っている人は他にも何人もいたけれど、何故か私が。中学までは1キロ程あり遠かった。でも、一緒に学校に向かいながら笑ったりしてくれた。でも、何をお話していたのか思い出せない。きっと私はジョン・レノンやデヴィッド・ボウイに夢中になり始めた頃でそんなお話を一人で喋っていたのかもしれない。ところが、待ってもその時間に来ないようになり私は一人で走って学校に行く日が増えた。少し遅刻しても許される理由があったのだけれど、私は一人で走って行くのが嫌だった。遅れて教室に入り注目を浴びるのも嫌だった。心の中で彼女に対して苛立ちも覚えた。事情を先生が私の母に伝えていたので母が時間を見ては、”もう行きなさい”と。私はもう少し早い時間に待ち合わせて一緒に学校に行くお友達がいた。本当は彼女たちと一緒に登校したかった。でも、今も幾度か見せてくれた笑顔と笑い声、あの時の、その少女を忘れてはいない。とうとう、その少女は卒業をせずに学校にまったく来なくなった。その後のことも何も知らない。彼女のことも何も知らないまま。噂も少しはそうだろうと感じる複雑な家族。でも、あの笑った顔はそんな噂が飛んでしまうものだった。もう少し、忍耐強く私が待っていてあげれたなら...ともっと後に思うようになったけれど、すっかり遅すぎた。子供時代の想い出は大人になっても忘れられずに心の何処かにあるらしい。今日は大丈夫そう...と思って一気に綴ってみたけれど、やはり涙が止まらなくなってしまった。何故だろう。このお洋服の着方や漂う孤独さのようなものからかどうしてもあの少女を思い出す。そしてあの時の私。


※HOLEの2ndアルバム『LIVE THROUGH THIS』に収録の『MISS WORLD』の映像です。音が少し変で短いのですが好きな曲です♪

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by musiclove-a-gogo | 2009-02-18 22:32 | 未分類

ヨーロッパの祖母★ヴィクトリア女王:QUEEN VICTORIA

懸賞 2007年 10月 24日 懸賞

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★ヴィクトリア(Alexandrina Victoria Wettin:1819年~1901年)は、82年の生涯のうち、1838年の即位から64年と最長のイギリス女王であり、植民地(多数)であった初代のインド女帝でもある。ハノーヴァー朝からヴィクトリア朝時代(その後のエドワード朝まで)は私の好きな芸術家たちが時を共に歩んだ時代。ロマン主義、ゴシック・リヴァイヴァル、自然主義...という時代なので、興味は尽きない。英国が無類の繁栄を享受した良き時代。産業革命の結果イギリス資本主義が世界で最も優越し、「世界の工場」イギリスは資本主義の最先進国だった。1830年にリヴァプール~マンチェスター間に鉄道が開通。1851年には国家繁栄の象徴とも言える万国博覧会がロンドンで開催された。

私の興味はこの豊饒な繁栄の陰の労働者階級(下層階級)の人々の生活にも。同じ時代でも食べる穀物も違えばお肉の種類も違う。ディケンズの小説やそれらを元にした映画を観るとそんな事が気になって仕方がない。しかし、歴代の英国女王(王室)の中で最も生真面目さと厳格さを保ち続けたとされるヴィクトリア女王にも興味は尽きない。中産階級~ブルジョワと呼ばれる人々の模範であり憧れの対象でもあったように思う。1861年に最愛の夫アルバート(ゼクセン=コーブルク公子)が42歳で死去された。女王は悲嘆に暮れ2年間公の場に姿を現さなかったという。9人の子女と夫、仲の良い家庭を維持し続けた、女王という立場と家庭の維持。昨今のスキャンダルの多い王室とはどうも違う。王女時代からドイツ語(母方の母国)、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、イタリア語に親しみ、オペラや日記、そして乗馬を愛したヴィクトリア女王。故に、その寛大な芸術に対する愛が多くの優れた作家や画家、作品を後世に残すことができたのだと思う。有名な言葉「君臨すれども統治せず」に従い議会制民主主義を貫き、イギリス君主の形式を確立したお方と言える。子供たちをドイツを中心に各国に嫁がせ、その広がった子孫を調べると脅威的でもある。「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるに至る所以である。しかし、女王自身が血友病の因子を持っており、ロシア皇太子アレクセイを始めとする男子が遺伝し発病し、お気の毒なことに男子は全員死に至り子孫は残していない。

物質的主義価値観が主となれば、それに反抗する者も現れる。私の大好きなオスカー・ワイルドはそんなヴィクトリア朝時代を生き、その価値観に対して唯美主義を唱えた第一人者であり、英国とフランスの文化の橋渡しのようなお一人であったと思う。その他、多くの好きな芸術の宝庫のような大英帝国女王の時代の光と影。エポック・ド・パリと並んで興味の尽きない時代であり、あまりにも濃厚。大きな意味で個人的な英国趣味とフランス贔屓はこの濃厚さに隠されているのだろう。

(参考資料:嘗て読んだ英国文学と歴史文献より。)
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by musiclove-a-gogo | 2007-10-24 11:48 | 未分類

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