カテゴリ:昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲( 12 )

懸賞 懸賞

桜田淳子『化粧』(1981年)作詞作曲:中島みゆき★22歳のお美しさ!感動の女優:桜田淳子ならではの名歌♪

懸賞 2011年 02月 09日 懸賞

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A面 化粧
作詞・作曲:中島みゆき 編曲:大村雅朗
B面 夢追い
作詞:麻木かおる 作曲:小田裕一郎 編曲:信田かずお
1981年 33作目のシングル

★桜田淳子を続けます。中島みゆきによる楽曲で大好きな『化粧』(1981年元旦発売)です。淳子ちゃんも22歳になられました。もうすっかり淳子さんといった雰囲気。けれど、私はずっと少女の持つ潔癖性というものをこの桜田淳子というお方に感じ続けて来たので、自分でこれまで思っていた以上に大きな存在だったように、こうして綴っていると感じます。私は今もまだ私的な少女幻想に囚われているのかもしれない。私も潔癖性の強い少女時代を送って来たもので、これらの思いは簡単に綴れないけれど、それも私の人生である。今はすっかり年月を経たけれど、私の少女時代の想い出がそっくりぴったりと合致してしまうのです。そんな多感な時期を桜田淳子というお方と同じ時代を生きていたこと、郷ひろみという存在と今も一緒に歳を重ねていられることはしわせに想えます。人それぞれの生き方や考え方、感じ方があるけれど、私はどうしても子供の頃の想い出たちが一緒なので、時間軸が揺れ動き、幼き頃と今が往来してしまうのです。

この『化粧』という素晴らしく劇的な歌。流石の中島みゆき世界!大好きな桜田淳子ヴァージョンを2つ掲載させて頂きます。どちらの淳子ちゃんも大好きですが、特に2つ目の23歳になられたお姿は艶やかであり、かつ何か運命を背負っているかのような、光の傍らに在る哀しみのようなもの、それも「美」であるので、ただただ複雑な感慨深い想いに浸ってしまいますがお綺麗です♪

化粧なんて どうでもいいと思ってきたけれど
せめて今夜だけでも きれいになりたい
今夜あたしは あんたに逢いにゆくから
最後の最後に 逢いにゆくから


★落ち着いた品格がありお綺麗です☆桜田淳子/化粧(1981年)♪


★和装姿の美麗さよ!細く美しい指先の動きと憂い☆桜田淳子/化粧(1981年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-09 07:25 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

桜田淳子『しあわせ芝居』(1977年)作詞作曲:中島みゆき★19歳になった淳子ちゃんの名曲にまたしても涙♪

懸賞 2011年 02月 09日 懸賞

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A面 しあわせ芝居
作詞・作曲:中島みゆき 編曲:船山基紀
B面 晩秋
作詞・作曲・編曲:穂口雄右
1977年 21作目のシングル

★桜田淳子の『しあわせ芝居』が発売された頃は、もう発売日にシングルを購入するようになっていた。郷ひろみと桜田淳子のシングルは共にそんな感じ。自転車に乗れない母のお買いものに付き添い、荷物を持つというのが私の小学生から高校生の頃までは任務でもあった。けれど、必ず何かひとつ買って貰えるのだった。なので、この頃買っていたレコードの大半は母とのお買いものとの想い出が共にある。小さな弟は2つ、3つと欲しいものが多くてなかなか一つが選べずベソをかいていた。この『しあわせ芝居』も伊丹の商店街のレコード屋さんで購入。こんな日は早くお家に帰りたくてわくわくしていた。私一人なら自転車でさっさと帰宅出来るのだけれど、母はバスなので一緒に帰るのだった。帰宅して、初めてレコードに針を置く、あの瞬間!歌詞を追いながら聴く。ああ!またしても淳子ちゃんの歌で泣いてしまった。恋愛というものを少女マンガの中で疑似体験している頃で、今聴く思いとも違っていたはずだけれど、この『しあわせ芝居』の中の主人公の女性の心をその頃の私なりになにか感じていたのだろう。物悲しい恋歌。子供の頃から、悲恋物語が好きな傾向ではあったけれど、とにかく、淳子ちゃんの歌や語り、お芝居で涙した回数は多い。

この頃の淳子ちゃんは19歳になられ、阿久悠&中村泰士、阿久悠&森田公一時代から中島みゆきの曲を歌う時代となってゆく。阿久悠先生は淳子ちゃんのデビュー前からずっとこの稀有なる少女を見守っておられた。少女を愛でる気持ち、そしてその少女が大人になってゆく姿を見つめながら。中島みゆきさんは『わかれうた』が同じ頃大ヒット!何かのインタビューで、その中島みゆきさんが、「桜田淳子さんにとても影響を受けています」というようなお話をされていた。嬉しかった!女性ならではの感性というものがある。とんでもなく素晴らしい中島みゆき世界ながら、そのお方が影響を受けている。それは、元来併せ持つ淳子ちゃんの女優としての素養、表現力の豊かさがさらに向上していた時期でもあるのだから。淡々と失恋の物語が歌われる。それは綴られるというような感じで、私はこの『しあわせ芝居』によって中島みゆきにも興味を抱いたのである。LPも買い聴いていた。母もすっかり中島みゆきファンになっていたので共通の世界が持て嬉しかった♪

わたしみんな気づいてしまった
しあわせ芝居の舞台裏
逢いたがるのは私ひとり
あの人から来ることはない


★桜田淳子/しあわせ芝居(1977年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-09 05:35 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

『あこがれ共同隊』郷ひろみ&西城秀樹&桜田淳子共演ドラマ★主題歌『風の街』山田パンダ(1975年)♪

懸賞 2011年 02月 08日 懸賞

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★先月、お友達との会話の中で出てきた懐かしい『あこがれ共同隊』というドラマのこと。彼女は当時は秀樹のファンだったけれど、今思うとひろみも可愛かったと。このドラマは郷ひろみ、西城秀樹、桜田淳子という、ビッグ・アイドル3人の共演ドラマだったのです。私の最も古い記憶のひろみ出演ドラマということになる。秀樹や淳子出演ドラマも同様にこの『あこがれ共同隊』が最初に観たもの。でも、"観ていた"のは間違いないのだけれど、ストーリー等ほとんど覚えていない。ひろみが主役っぽくて、秀樹と淳子ちゃんがカップルで、三田佳子さんがお綺麗で...など断片がちらほら。そこで、お世話になりっぱなしのYouTubeで検索すると、その主題歌であった『風の街』を発見!山田パンダというお方の名を知ったのもこのドラマである。何せ、子供だったので"フォークソング"も知らないし、かぐや姫というグループもまだ知らない頃だった。この曲を聴いているうちに、もう少し想い出せそうな、不思議なノスタルジーに包まれるかのようです。この歌の作曲者は吉田拓郎とあった。"拓郎"というと、『ムー』や『ムー一族』の中のひろみの役名であり、吉田拓郎さんは『よろしく哀愁』をカバーされてもいるので嬉しきお方。

そして、調べてみると下記のような情報を掲載してくださっていたので、新たな発見いっぱいです。知らないことだらけでしたが、この主題歌『風の街』のバックコーラスには山下達郎も参加とか、キョンキョンも子供の頃観ていたとか記されている。小泉今日子というとデビューから今もひろみと同じ事務所所属で妹的な存在として、まだ小さなバーニング事務所の初期から活躍されているお方。当時はナベプロが一番大手の時代なので、今日のようなバーニングやジャニーズの逆転までの歩みを歌謡曲史として眺めてみると、やはり"郷ひろみ"というスーパー・アイドル&スターの存在(スタッフ方を含めて)の大きさを再認識いたします。勿論、秀樹も凄い人気だったし、淳子ちゃんも!しかし、それにしても、ひろみ&秀樹&淳子という、この超ハード・スケジュールであった組み合わせのドラマが実現していたことに驚いてしまう!そして、共演者たちの顔ぶれもとっても豪華!名優たちとフォーク界の大物たち。浅田美代子やシェリーも好きでした♪

『あこがれ共同隊』
1975年6月6日~9月26日まで、金曜日夜8時から1時間枠で放送されたテレビドラマ

【作品内容】
●東京原宿・表参道を舞台に、現代(当時)の若者たちの青春の生きざまを描く。縫製工場の見習いで主人公の八田広介(郷ひろみ)は、大企業の社長(高橋昌也)の息子だが父と衝突して独立。生活費を節約し、ファッション雑誌を読んで一流デザイナーを目指している。畠山竜也(西城秀樹)は酒屋の息子。不治の病に冒され、ジョギング中に発作を起こし、池にはまって命を落としてしまう(第7話までの出演)。畠山竜也の恋人役として桜田淳子がドラマ初主演。第1回には山口百恵もゲスト出演した。主題歌を歌った山田パンダも、原宿のジャズ喫茶のマスター役でレギュラー出演。南こうせつ、伊勢正三、イルカ、りりィ、吉田拓郎等、当時の人気フォークソング・アーティストも多数ゲスト出演した。

【キャスト】
郷ひろみ (八田広介・主人公)
西城秀樹 (畠山竜也・酒屋の息子)
桜田淳子 (黒沢明子・畠山竜也の恋人)
高橋昌也 (八田広介の父)
黒柳徹子 (畠山竜也の母)
三田佳子 (黒沢令子・黒沢明子の姉・八田広介の父の愛人)
田中邦衛 (八田広介の叔父)
森本レオ (志郎・畠山竜也の家の住み込み従業員)
シェリー (正子・志郎の恋人)
せんだみつお (海老蔵・黒沢令子の喫茶店のボーイ)
浅田美代子
長門裕之
黒沢久雄
常田富士男
山田パンダ
吉田拓郎
玉川良一

【スタッフ】
脚本:柴英三郎 、西条道彦、内田栄一
プロデューサー:大山勝美
演出:堀川敦厚、峰岸進、片島謙二、近藤邦勝
音楽:
主題歌:山田パンダ「風の街」(作詞:喜多条忠、作曲:吉田拓郎、編曲:瀬尾一三)
1975年6月発売
制作:TBS

参照・引用:wikipediaより


★ドラマ『あこがれ共同隊』の主題歌☆山田パンダ/風の街(1975年)♪

★上のお写真素敵です!ひろみと秀樹が肩を組み合っていて、淳子ちゃんと百恵ちゃんも可愛い!せんだみつおさんも面白かったなあ。また観てみたいです♪
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by musiclove-a-gogo | 2011-02-08 11:49 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

桜田淳子『気まぐれヴィーナス/若い人のテーマ』1977年の名曲&主演映画の主題歌★19歳になった淳子ちゃん

懸賞 2011年 02月 07日 懸賞

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A面 気まぐれヴィーナス
作詞:阿久悠 作曲:森田公一 編曲:船山基紀
B面 若い人のテーマ
作詞:阿久悠 作曲:森田公一 編曲:船山基紀
1977年 19作目のシングル

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★『気まぐれヴィーナス』は桜田淳子19枚目のシングルであり、淳子ちゃんも19歳になられました。阿久悠氏の歌詞も大人の階段をのぼってゆく少女の成長と共に詩的かつ微妙なニュアンスを散りばめているかのようです。この頃の淳子ちゃん、髪をショートにされ、お衣装も今までよりも大胆に変化されドキッ!でも決して上品さを失うことはなくキュートなのです。よく歌った(口ずさんだ)ものです。この頃になるとジュンコ仲間がクラスに何人か居ました。雑誌の交換をしたり、レコードをお家で一緒に聴いたりしていました。淳子ちゃんもとても絵のお上手なお方ですが、仲良しのお友達にイラストの上手な女の子が居て、彼女もノートの端っこによく淳子ちゃんの似顔絵などを書いては見せてくれました。ああ、懐かしいです!

B面は淳子ちゃん主演の映画『若い人』の主題歌『若い人のテーマ』が収録されています。阿久悠&森田公一コンビのヒット曲時代。残念ながら、この映画は未見です。淳子ちゃんの憧れの吉永小百合さんと共演されたもので、主人公の高校三年生の江波恵子役は嘗て吉永小百合さんも演じておられる。私は『病院坂の首縊りの家』(1979年)が淳子ちゃん出演映画の初見なので、これまた、もう少し早く生まれていたかった...なんて思います。思いを寄せる間崎慎太郎先生役は『太陽にほえろ!』の殿下こと小野寺昭と書かれています。監督は河崎義祐、原作は石坂洋次郎で、4度目の映画化だそうです。いつか観てみたいです♪


★とってもキュートでお綺麗な淳子ちゃん!桜田淳子/気まぐれヴィーナス(1977年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-07 06:31 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

桜田淳子『花物語』(1973年)★初めて美しい乙女恋歌に涙した名曲!桜田淳子は私の少女時代の憧れのお方♪

懸賞 2011年 02月 05日 懸賞

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A面 花物語
作詞:阿久悠 作曲:中村泰士 編曲:あかのたちお
B面 のっぽの恋人
作詞:阿久悠 作曲:中村泰士 編曲:高田弘
1973年 4作目のシングル

★2011年の今年。このブログでは私の少女時代と共にあった大好きなアイドルたちや素晴らしい楽曲たちのことを中心に出来るだけ更新してゆこうと思います。70年代から80年代前半頃までがまったくの個人的な「私的歌謡曲史」なのです。私の年齢も一桁の子供から10代の多感な思春期、そして青春期へという過程とまったく重なり合うのです。麻丘めぐみから一気に私の心を鷲掴みにしたお方!それは桜田淳子でした。"ジュンコちゃん"と幼い私はあの天使のような美少女アイドルに心躍る日々でした。なので、今でも当時から持っている古いレコードたちは想い出と共にあります。郷ひろみのレコード(CD)の次に多く持っているのが桜田淳子のレコード(CD)なのです。少女マンガが大好きだったので、当時人気のアイドルたちのページも掲載されていたものでした。雑誌の「明星」や「平凡」などの付録なども懐かしく思い出します。ひろみファンは友人のお姉さんたちに多かった。そして、年下の私に彼女たちはとても優しく親切にしてくださった。まだ雑誌を買えない年だった私に見せてくださったり。ひろみより約半年後に『天使も夢見る』でデビューされた桜田淳子。エンゼル・ハット姿と明るく生真面目さが表れている一生懸命に歌うお姿。70年代後半頃から時々、自分でも「明星」などを買うようになった。やはり、新御三家の郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎、三人娘の桜田淳子、山口百恵、森昌子、同い年の岩崎宏美...中でも、ひろみとジュンコちゃんが私には別格的に大好きな存在だった。

桜田淳子の4枚目のシングルとなる『花物語』を聴いて(多分テレビで)この曲の歌詞が心に響き渡るので、遂に母にお願いして買って貰った。そして、すっかり歌詞を覚えてしまい空でいつも流れていた。あまりにも美しいのでよく泣いていた。歌謡曲を聴いて初めて泣いた曲は『花物語』なのです。その次の『三色すみれ』、一曲次の『花占い』と可憐なジュンコちゃんとお花はお似合いだった。流石!詩人、阿久悠ならではの名曲群がその後も続く。小学生の時にジュンコちゃんの下敷きを持っていた。使うと黒くなってゆくので大事にしまっておいた。長年スヌーピーの下敷きを使っていたのだけれど、剥がれてしまって遂にジュンコちゃん下敷きを学校に持って行った。クラスの男の子がファンだったようで、その下敷きのお陰でジュンコ仲間が見つかった。そして、山口百恵ファンが次第に急増する中、隣の席になった女の子が『ゆれてる私』を口ずさんでいたので嬉しかった。彼女とはその後もすっかり仲良くなった。紅白歌合戦でトップバッターは郷ひろみと桜田淳子っていう時期があったように思う。多分、若手のホープとして当時の人気の高さが窺えることだとも思う。

私はひろみファンだけれど、新御三家が好きだったし、高校生になっていた三人娘やスター誕生から次々とデビューされる女の子アイドルたちが好きだった。母は百恵ちゃんのファンだったけれど、淳子ちゃんのことも気にしてくれていた。表紙がひろみ&淳子という時は喜んで雑誌を買っていたものです。桜田淳子というお方は今から思うと、元来の女優素養の濃いお方であった。表現力が少女アイドルの中でもダントツに高かったと思う。『花物語』の語りの部分から歌へ。美しい楽曲のみならず、ジュンコちゃんのあの歌い方、あの容姿、佇まい、表情...すべてから私は「美」を感じたのだと思う。一途でけな気な乙女心をお花に託して歌う桜田淳子。阿久悠氏が「天使」と言い、「不可思議な美少女」と言っていた稀有なるアイドルだった。それぞれの個性があるので、私は百恵ちゃんも好きだし、秀樹も五郎も好きだったと言える。ただ、今も心トキメキ続けるのは郷ひろみであり、そして私のそっくりそのまま少女時代と重なる桜田淳子の歌手時代には想い出がいっぱいあるのです。けれど、女優、桜田淳子のファンも続けていたので、芸能界から引退状態になってしまった時はショックでした。でも、いつかまた映画とか歌をお聞きしたいです。もっと、純粋にアーティストを評価してくださるお方ばかりだと良いのだけれど...。ひろみは超別格!けれど、ジュンコちゃんを応援されているお方が今も多く居られることが嬉しいです。なので、マニアではないのですが、これからも私の想い出と共に、桜田淳子の軌跡を作品と共に取り上げてゆこうと思います。

★初めて買って貰ったジュンコちゃんのシングル☆桜田淳子/花物語(1973年)♪


★『花物語』のB面の名曲☆桜田淳子/のっぽの恋人(1973年)♪

★貴重なお姿などと共に拝見でき嬉しいです。あげてくださった方々、ありがとうございます!
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by musiclove-a-gogo | 2011-02-05 01:54 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

麻丘めぐみ『森を駈ける恋人たち』(1973年)★初めて好きになった美少女アイドル♪

懸賞 2011年 02月 03日 懸賞

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★私の初めて好きなった女性アイドルは麻丘めぐみ!愛称は「カコちゃん」。最初に好きなったアイドルは郷ひろみの私!このお二人の歌手デビューは近く、ひろみより2か月程先に『芽ばえ』でデビューされた。強豪多い中、最優秀新人賞を獲得された。生年月日は1955年10月11日なので、これまたひろみと一週間違いの同い年。正しく歌手としては同期生。ところが、そのデビュー当時の動くお姿は、残念ながらほとんど記憶になかったのだけれど、子供心に『わたしの彼は左きき』を歌う番組で心奪われてしまった。トキメク!あの瞬間って忘れられない。ずっとお姉さんの麻丘めぐみさんなのに、”かわいい~!!"ってキュンとなった。横に動きながら手のポーズ。ミニスカート姿からスッと伸びた美脚。そして、あのお姫様カットの長い髪が揺れる中の微笑みは優しく美しいのでした。1977年に一度引退されたけれど、今も現役で活動されているのも嬉しいです。

70年代のシングル曲は少し後追いながらすべて好きです。それもそのはず!作曲者は筒美京平だもの。私の好きな歌謡曲って筒美京平作品がダントツなのです。今日は麻丘めぐみさんのアイドル時代の代表曲の中でも、とっても好きな1973年の4枚目のシングル『森を駈ける恋人たち』を♪

★麻丘めぐみ/森を駈ける恋人たち(1973年)♪

★関連記事:麻丘めぐみ『芽ばえ』★郷ひろみ『天使の詩』(共に1972年)★最初に好きになった美形アイドル!
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by musiclove-a-gogo | 2011-02-03 01:35 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

フォーリーブス『急げ!若者』(1974年)★華麗なる4人の動きとハーモニーに感激!

懸賞 2011年 01月 18日 懸賞

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★フォーリーブスは4人の素晴らしいハーモニーとダンスがピッタリ合って美しい!残念ながら私は1970年代後半の曲しか知らずにいる。テレビで観た記憶も4人はすっかり大人になっていた頃しか知らない。店主や幾人かの友人たちは、フォーリーブスの初期の代表曲をよく覚えていて羨ましい。結成は1967年というのだから、グループ・サウンズ(GS)全盛の頃。このGSもまた追体験で当時をまったく知らないので、タイガースのジュリー(沢田研二)やテンプターズのショーケン(萩原健一)がアイドルだったグループ・サウンズ時代を、ネオGSブームの頃になってようやく聴くことができたのだった。

フォーリーブスは、そうしたGSとは異なるスタイルで人気を博していたのだそうだ。フォーリーブスは歌とダンスに重点を置いたミュージカル志向なステージで、4人の華麗な姿のみならず、楽曲も素晴らしく好きな歌が多い。なので、古い曲をもっと知りたいと思っているところ。2000年代に入り再結成されたけれど、ター坊(青山孝)の急逝(2009年1月28日)により、この4人での活動は終えてしまった。長年の多くのファンの方々はどんなに悲しい想いだっただろうか...真面目そうで清潔感があり姿の美しいター坊が当時は好きだった。けれど、今ではコーちゃん(北公次)、トシ坊(江木俊夫)、ター坊(青山孝)、マー坊(おりも政夫)みんな素敵に想う。YouTubeにとっても綺麗な映像があり感激していた。この『急げ!若者』は1974年の25枚目のシングル曲だそうだ。少年隊はフォーリーブスの曲をよく歌っていて、この曲もカバーしているのは知っていた。

フォーリーブスと郷ひろみ!ひろみはご本の中でもフォーリーブスのみんなにとても親切にして頂いたと書いていた。もちろん、ジャニー喜多川氏のスカウトとなる場がなければ...という運命的な出会いだったのだけれど。子役の頃から愛らしいトシ坊のあの明るい声が聞こえるようだ。ひろみを紹介するシーンで「僕たちの弟」と語っていたあの優しいお声を!フォーリーブスとひろみのジョイント・コンサートのレコードを買ったのも、ずっとずっと後の事。なので、後追いばかりの70年代前半。でも、70年代の空気感がたまらなく大好きなのです♪

★華麗なるフォーリーブスの『急げ!若者』です♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-01-18 21:14 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

ピーター『夜と朝のあいだに』(1969年)★初めて美少年時代の歌うピーターを拝見し感激いたしました♪

懸賞 2010年 10月 13日 懸賞

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★ピーターの『夜と朝のあいだに』という曲は、子供の頃から妙に耳に残っていて今もやはり好きな曲です。最近、イベントでご一緒させて頂くことの多い『血と薔薇』という一人ユニットの方も歌われていて素敵でした。前回の『夢見』でもこの曲以外はオリジナル曲ばかりで、ティラノザウルス・レックス風な(影響を強く受けておられるのだと思います)楽曲たちで好きでした。次回の『夢見』(11月20日・土曜日@あめりか村SOCIO)でもご一緒なので楽しみです!この日は、大好きなシモーヌ深雪さまとのトークの第二弾もあるので嬉しい反面ドキドキ!前回は打ち合わせもほとんど無しで猛暑に「耽美な音楽のお話」でしたが、前半は「はい」ばかり言っていたようなので、今回はもう少しちゃんとお話できるといいなあ...と反省しています。シモーヌさまはDJでもご参加してくださいます。またいそろく君のストレインフォビア(STRAIN FOBIA)の劇や紫音ちゃんのライヴ、candyjaneちゃんのイラストの展示&販売...、また詳細が決定しましたらお伝えいたします。今回はかなり「デカダンス」な「夢見」になるようなゲスト・パフォーマーも予定させているそうですので楽しみです!

ピーターの『夜と朝のあいだに』ですが、1969年の曲だと知りました。当時まだ10代だった美少年ピーターはこの曲で新人賞を獲得したということもYouTubeで知りました。日本での中性的な雰囲気の美少年歌手の先駆は美輪明宏さまでしょうが、新人賞を獲得されたピーターもアイドル性を持っていたようなので新しいかたちの歌手であったと思います。けれど、「女の子のような綺麗な男の子」のスーパーアイドルは我が永遠のアイドル!郷ひろみ(HIROMI GO)の1972年の登場まで待たなくてはなりませんでした。

ピーターの歌声は少年ながら妖艶です。美川憲一さんの歌声が連想されるのですが、なんと美川さんもこの『夜と朝のあいだに』を歌われていました。1974年のLP収録らしきものが聴けました。動画ではないのですが、こちらも結構好きです。作詞はなかにし礼、作曲は村井邦彦です。やはり昭和の歌謡曲は良いです!ピーターの映画も好きです。歌手デビューと同年の『薔薇の葬列』や、桜田淳子が超美少女で大好きな横溝正史原作の映画『病院坂の首縊りの家』、クラウス・キンスキーが妖しく素敵だった寺山修司監督作品『上海異人娼館 チャイナ・ドール』(原作は『O嬢の物語』のポーリーヌ・レアージュ)のピーターも好きです。

お若いピーターが歌っています★名曲『夜と朝のあいだに』♪


こちらは美川憲一さんの『夜と朝のあいだに』♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-10-13 21:44 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

ルネ・シマール(RENE SIMARD)『ミドリ色の屋根』(1974年)★微かな記憶の日本語で歌っていた美少年歌手

懸賞 2010年 05月 09日 懸賞

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★竹宮恵子さまもお好きだと仰っていたというルネ・シマール(René Simard)君という少年歌手を思い出しました。最もヒットしたのは『ミドリ色の屋根』(1974年)のようだ。何故か、私もこのシングルを持っている。長い間聴いていなかったけれど、何でもある恐るべしYouTubeでも聴ける。そして、初めて観たのだけれど、東京音楽祭に出演された折の映像まで!マッシュルームなブロンドの髪、そばかすの少年なお顔ばかり記憶していたので、意外とぽっちゃりされていたのだなあっとか、歌が上手いなあ~と再認識していたところ。フランス人だと思っていたけれど、1961年のカナダ生まれだそうだ。『ミドリ色の屋根』の頃は13歳頃だったのだ。微かにテレビで観た記憶と可愛い少年歌手だったという思い出がこうして不意に蘇るのだから不思議。

『小さな生命』というシングルもジャケットが可愛いかった。いつ頃まで日本で活躍されていたのかよく知らないけれど、この頃のフランス盤のシングルも持っているのでまた聴いてみようと思う。日本語で歌われる『ミドリ色の屋根』の歌詞は今の私の方が相性が良い。綺麗なお声で悲しくも美しい歌詞。J-POPと歌謡曲の違いって漠然とある。すっかり私は歌謡曲時代で邦楽はほぼ停止状態だけれど、近田春夫さんもやはり歌謡曲が好きだそうで、口先で歌えるのが良い、と。そうそう!こんな私でも昭和の歌謡曲を聴くと覚えているのだから!郷ひろみの『恋の弱味』を再び聴いてからこの数日というもの、脳内でリピートの嵐!子供の頃から好きだった曲たちって、私の成長と共に再生回数も増え続けてゆくのだから、どうしても70年代の歌謡曲には格別な想いを抱くみたい。洋楽や洋画、次第にヨーロッパの作品を主に鑑賞するようになったけれど、いつまでも色褪せない歌は人それぞれにあるだろう。でも、日本語の優美さ、詩情というものは温故知新を痛感する。今のものを否定する気持ちは無いのだけれど、私の心が安堵するものは何故か「昭和」となる...なので、かなり同世代の友人たちともズレが生じていて苦笑することも多いけれど、それも愉快かな♪




(追記)
★ルネ・シマール君は第3回東京音楽祭でカナダ代表としてグランプリ受賞!「フランク・シナトラ賞」って、何だろう...と思っていた。この大会でのゲスト審査員としてフランク・シナトラが居られたそうだ。エントリー曲は『ミドリ色の屋根 Non Ne Pleure Pas(泣かないで)』。なので、フランス語~日本語で歌われた。ライヴでこの歌唱力!パパの居なくなったママの哀しみ。健気な息子の母を思う心。ぼくがしあわせをあげる...と胸を打つ名曲!この曲がグランプリを受賞できた時代が私はどうしても好き。色々な思い出たちが共に蘇る。もう戻りはしない時だけれど、心であの時が頁を捲り思い出たちを綴る。ノスタルジーばかりじゃ生きてゆけないと知っている。でも、ノスタルジーが必要な時もある。時間は止まらないけれど、往来する。生まれる前の彼方までゆくことだってできる...私は楽の調べさえあれば生きてゆけるとさえ思えるのだから不思議♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-05-09 06:44 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

ショーケン(萩原健一)にみる青春群像あるいは唯一無二の俳優&ロック・ヴォーカリスト♪

懸賞 2010年 03月 05日 懸賞

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★今年7月26日で還暦を迎えるショーケンこと萩原健一。私は俳優ショーケンとして子供の頃から好きだった。嘗てテンプターズというグループ・サウンズでのアイドル時代や歌手ショーケンとしても多くレコーディングされているお方だと知ったのは80年代に入ってからのこと。私の永遠のアイドルが郷ひろみ(HIROMI GO)ならば、当店主はショーケン(萩原健一)のようなのである。店主やその友人たち(今は私もお友達)のお陰で歌手であるショーケンを知った。レコードを借りて聴いたりしていたけれど、「凄い!」と想ったのはライヴ以来のこと。

これまで、4回ショーケンのコンサートに行ったけれど、最初は夏の夕方からの野外コンサートだった。後にも先にも私の野外コンサート体験はこの日のみ。殊に夏は溶けてしまいそうな位に太陽が苦手である。けれど、彼等に連れられて行った。開演前から凄い人の数。大人のカップルも多く、お子様もご一緒のお方も。その時から男性ファンが多いと感じていた。また、「ショーケンもどき」な男性ファンのお方も多かった。その時に歌われた曲はほとんど知らないものだったのだけれど、あの高音の裏返る歌い方が大好きになった。醸し出す雰囲気もなんとも云えないし。

『傷だらけの天使』や『前略おふくろ様』が好きだった。『太陽にほえろ!』も勿論だけれど、もっと後の『豆腐屋直次郎の裏の顔』も面白くて観ていた。また私は岸恵子さんが子供の頃から好きなので、ショーケンと共演した映画『約束』や『雨のアムステルダム』も大好き!私が年を重ねる中で、段々とショーケンのあの姿が記憶されていると感じ、今ではさらに好きになっている。どうしてだろう...とずっと想っていたのだけれど、語らないけれどショーケンを観たり聴いたりする店主やその友人方の眼差しに興味を抱いて来た。ふと、「駆け抜ける青春」という姿がオーバーラップした。ショーケンの走る姿が好きなのだ!と。年月が定かではないけれど、初めてショーケンを「カッコいい!」と想ったのは最初の奥様だったお方とのロマンスをスクープされた折の報道番組だった。その美しき女性を庇う様にカメラが追いかける中二人は走る(逃げる)。その時にカメラに向かってショーケンは挑発的な眼差しを投げた。何か云われたかもしれないけれど覚えていない。そして、さらに後、ジュリーこと沢田研二が『勝手にしやがれ』で日本レコード大賞を受賞された折のこと。ジュリーは素敵で笑みを浮かべていた。そのジュリーの受賞の際に会場から舞台へショーケンが花束を抱えてお祝いに駆けつけた。私の間違った記憶かもしれないけれど、全身真っ白なスーツ姿のショーケンであった。司会の方に盟友のジュリーへの祝福の弁を求められたショーケンは、「遅いんだよ!今頃なんて」というような言葉だった。登場シーンからその言葉まで、すべてが私の好きなショーケンであった。なので、横に居る素敵なジュリーよりもショーケンが脳裏に焼き付いたまま。

例えば天使のようなひろみ、耽美なボウイ、アウトローなミック、挑発のゲンスブール...比較など出来ない。ショーケンは事件も多くハラハラすることも多い。けれど、ファンは離れない。会場にゆくと、男性ファンのお方が「ショーケン!」とか「ハギワラ!」と叫ぶ。それらに興味を抱いてきた理由がようやく少し分るようになってきたところ。彼等はショーケンにみる青春群像が好きなのではと。走る姿が好きな理由はやはり「青春」である。振り向かずに突っ走るその姿は青春でもある。決して上手いヴォーカルではないだろうけれど、誰にも真似の出来ないショーケン・スタイルがあり、あのヴォーカルは驚異的でもある。先日、トーク&ライヴというものがあったそうだけれど、私は行くことが出来ずに残念だった。また、ライヴをして欲しいし、アルバムも聴きたい。あのヴォーカルは奇跡でもあるので歌わないショーケンは勿体無い。

そうそう!初めての野外ライヴの折。夏で暑い中、ショーケンはステージにホースを引っ張り出し、会場のファンに向けてお水を撒き出した。一瞬驚いた私だけれど、私もそのお水がかかって嬉しかった!そんな想い出はショーケンのライヴでしかないこと。その後、アルバムをもっと聴くようになり、今聴いてもやはり素晴らしいので、ショーケンのレコードも早く登録しなくては!とお仕事に追われながらも、再発見に嬉々とする日々です♪


※井上堯之バンドと柳ジョージ&レイニーウッドとの伝説の『熱狂雷舞』の頃の映像と想われる『どうしようもないよ』。残念ながらこのライヴは体験しておりませんので拝見でき嬉しいです♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-03-05 11:38 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

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