カテゴリ:NEW WAVE★ニュー・ウェーブ( 19 )

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ジス・モータル・コイル(THIS MORTAL COIL)『涙の終結(IT'LL END IN TEARS)』(1984年)♪

懸賞 2010年 03月 19日 懸賞

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THIS MORTAL COIL/IT'LL END IN TEARS 1984年
1.Kangaroo
  2.Song to the Siren
  3.Holocaust
  4.Fyt
  5.Fond Affections
  6.The Last Ray
  7.Another Day
  8.Waves Become Wings
  9.Barramundhi
  10.Dreams Made Flesh
  11.Not Me
  12.A Single Wish

★ジス・モータル・コイル(ディス・モータル・コイル)の1984年の1stアルバム。このプロジェクトは「4AD」の社長でありプロデューサーでもある、アイヴォ・ワッツ・ラッセルによる企画プロジェクトで、「フェイヴァリット・ミュージシャンによるフェイヴァリット・ソング集」のような計画を実現させてしまったもの。現在までに3作品ある。この第一弾となる極めて美しい正に「涙の終結」という邦題の如く耽美的な作品。殊にティム・バックリーのカバー「警告の歌(Song to the Siren)」を歌うエリザベス・フレイザー(コクトー・ツインズ)は一級の芸術品のように美しく大好き!レコーディング中にこの曲を聴きながら涙したアイヴォ氏であったという逸話も残されている。

このアルバムの参加ミュージシャンは、コクトー・ツインズのエリザベス・フレイザー、ロビン・ガスリー、サイモン・レイモンドの3人、シンディートークのゴードン・シャープ、カラーボックスのマーティン・ヤングとスティーヴン・ヤング、デッド・カン・ダンスのブレンダン・ペリーとリサ・ジェラルド、モダーン・イングリッシュのロビー・グレイ、ウルフギャング・プレスのマーク・コークス、X-マル・ドイッチェランドのマニュエラ・リッカーズという「4AD」アーティスツだけでも豪華ながら、さらに、元マガジン(バズコックス)のハワード・デヴォート、マーク・アーモンドのマンバスのメンバー(ストリングス担当)のマーティン・マクガーリックとジニー・バルも参加!アイヴォが選んだという6曲のカバー曲は、アレックス・チルトンの曲が2曲(1曲目と3曲目)、ティム・バックリー(2曲目)、リマ・リマ(5曲目)、ロイ・ハーパー(7曲目)、コリン・ニューマン(11曲目)。その他の楽曲も含め、アルバム全体を貫く美意識は覚醒的かつロマンティシズムに溢れたもので愛聴盤であり続けている一枚です♪


※エリザベス・フレイザー(コクトー・ツインズ)の歌う「警告の歌(Song to the Siren)」☆アイヴォも涙したそうだけれど、私も美しすぎて泣きました♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-03-19 10:27 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

デッド・カン・ダンス(DEAD CAN DANCE)『AION』とヒエロニムス・ボス(ボッシュ)の絵画『快楽の園』

懸賞 2010年 03月 12日 懸賞

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★DEAD CAN DANCE(デッド・カン・ダンス)の1990年の5thアルバム。まだバンド形態としてのドコドコとした暗黒感覚に溢れていた1stから今も好きでよく聴いている。80年代の『4AD』は英国のとても好きなインディー・レーベルだった。その最も好きな時期の『4AD』はコクトー・ツインズとこのデッド・カン・ダンスが主軸だった。DEAD CAN DANCE(デッド・カン・ダンス)は「デカダンス」を捩っているとも想う。

初期のゴシック感覚からさらに民族音楽や古楽に至る中世の空気が強化されていった。徐々にブレンダン・ペリーとリサ・ジェラルド(リサ・ジェラード)の2人の世界は深まって行く。個人的にこの作品がリリースされた頃、ある重圧と葛藤の時期でもあった。そんな中、この作品を聴きながら辛うじて祈りと心の平静さを保つ事が出来た。ある人生の過渡期に一緒に居てくれた音楽は忘れられない。

とてもヨーロッパ的な芳香が強いのだけれど、このデッド・カン・ダンスの出身はオーストラリアのメルボルン。そして、イギリスに渡りアメリカ...と活動の場を広げてゆく。それも全くスタンスを崩す事無く、商業主義に陥る事無く、独自の道をゆっくりと(その間、ソロ作品もある)。リサ・ジェラルドは麗しい美貌の持ち主(嘗て「Fool's Mate」にて"NewWave界の(?)いしだあゆみ"というような形容があった)、ブレンダンもまるで貴公子の様な佇まい。しかし、彼らはジャケットにはご自分の容姿ではなくあるシンボル的なものや絵画などを使う。この1990年のアルバム『AION』のジャケット・デザインは23Envelopeではなくブレンダン自らが担当。この絵画はヒエロニムス・ボス(ボッシュ)の作品が使用されている。フランドル(ネーデルランド)のルネサンス~ゴシック派の画家である。

ヴォーカルも大体半分ずつ位を担当する。彼らに比較出来るグループが見当たらない。ジャンルも難しいけれど、ゴシック~クラシカル・ロック~チェンバー・ミュージック...という様な音のファンの方には気に入って頂けるかもしれない。ニコ(NICO)の世界を想い浮かべることもできるかも。私は稀に生理的に苦手な音楽もあるけれど用語化されたジャンルに偏見を持ちたくはないと常々想う。何故なら、雑音(ノイズ)から音楽は生まれたのだから。ロックにもこの様な独自の世界を追求している人達が実は世界中に存在する。それらの音楽に巡り会う度に喜びを感じてもいる。

【追記】
「ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)について知ってる二、三の事柄」

★ヒエロニムス・ボス(ボッシュ)は中世末期の興味深い画家のお一人であり、描き出される地獄の幻想は奇怪で不穏でもある。時代が宗教と死(魔女なども)に支配された、そんな時代を反映させているとも云われる。けれど、最大の謎とされるのはボッシュ自身で、ほとんどこの人物像はわかっていない。1450年~1516年という生涯の大半をネーデルランドのスヘルトーヘンボスという町で過ごされたそうだ。世紀を超え、今も残された作品たちは困惑を伴って私を魅了する。

上の「デッド・カン・ダンス」のアルバムジャケットに使われているものは、有名な『快楽の園』(1480年~1500年頃)の中央パネル画の一部である。この絵はボッシュの晩年の作品で、三連祭壇画の形式で描かれ、この世の快楽を飽くことなく追求した結果、地獄に堕ちる人間の姿を描いている。左翼パネルでエデンの園での堕落の種が撒かれ、中央パネルで肉欲の偽りの快楽として開花させる。そして、右翼パネルでは、地獄の責め苦が描かれているというもの。

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by musiclove-a-gogo | 2010-03-12 05:58 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

好きなギタリスト&アーティスト★ポール・ウェラー(PAUL WELLER)テレビで観た衝撃!『THE JAM』♪

懸賞 2010年 03月 05日 懸賞

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★モッズ・アイコンあるいはモッズ・ファーザーとも呼ばれるポール・ウェラー(PAUL WELLER)はジャム(THE JAM)の頃から今も好き。熱狂的なファンの方々には恐縮ながら、少女時代の私がまたしても動く映像から知り得たお方で、先述のプリテンダーズの映像が流れた番組だった。所謂ポスト・パンク~ニュー・ウェイヴという時代からの私はジャムも後追い。最初に買ったのはラスト・アルバムとなってしまった『ザ・ギフト』である。

ジャム(THE JAM)という名は音楽雑誌の「パンク」という括りでもよく登場していたので名前は知っていた。思えば、小学生の頃、「今ロンドンでは」とか「パンクファッションが大流行」というような記事を目にしていた。ストリートを歩くパンクファッションに身を包んだ人々が載っていた。けれど、私は特に感化されることもなく漠然としたイメージだけが残っていた。少女マンガの中の美少年や美少女、我がアイドルである郷ひろみの方が断然「美しい!」存在であった。その時の私が中学生や高校生ならもっと違ったかもしれないけれど。

こんな私がデヴィッド・ボウイという存在を知り、「この世の者とは思えない美!」を動くお姿に感じたことから一気に瞬く間に洋楽へと傾倒してゆく。次第に多感な年頃にもなり体調を崩したりと帰宅組になって行った頃。多分、「パンク特集」のような紹介の中でのジャム(THE JAM)であったと想うのだけれど、それまでのイメージが吹っ飛んでしまった。パティ・スミスやリチャード・ヘルのファッション・スタイルが好きだったけれど、彼らとも違う。黒いスーツでネクタイ姿の3人。ヴォーカル&ギターは若き日10代のポール・ウェラー(PAUL WELLER)!「これがジャムなんだ!!」っと画面に釘付けとなる。スリムな体型でカッコイイのだ。またお顔も実に美形であるので私はその日から「ポール・ウェラー」のファンとなったように想う。どんなギターをお持ちでどんな音楽を作られても、ポール・ウェラーの作品なので気になるという存在。実にミーハーなのですが、私の心が躍るのだから理屈などどうでもよいと想う。

私は白人音楽で育ったと想う。今も店主に比べてブラック・ミュージックの知識も希薄。「モータウン」という音楽を聴いてみようと想ったのはポール・ウェラーが影響を受けたと聞いて。カーティス・メイフィールドのアルバムを聴き感動できたのもポール・ウェラー経由のこと。ポール・ウェラーに興味を持てずに居たなら、今も聴いたことはなかったかもしれない。ボウイやルキノ・ヴィスコンティや耽美好きの私がポール・ウェラーに熱を上げる様を友人に「理解できない...」と云われた。きっとポール・ウェラーの「熱さ」のようなもの、基本にあるブラック・ミュージック的なものを強く感じ取られるからだろうと想った。けれど、ボウイだってルーツにはブラック・ミュージックは欠かせないけれど、私はボウイやポール・ウェラーが影響を受け、吸収して作られてゆく作品たちが好きなのであり、何よりも容姿が美しいことが私には大きなこと。なので、「理解できない」と云われても上手く説明することすら出来ずにただ「カッコいいから♪」ってトキメクことしかできないのだった。

「好きだ!」と想うことに音楽理論など無くても良いし、追求したければする。「カッコいいことは時にカッコ悪く、また、カッコ悪いことが時にカッコいい!」ことがある。その感じ方は人それぞれだろう。「好きだ!」と想うことを安易なイメージのみで否定された時ほど悲しいことはない。伝わらないから口籠ってしまう自分も情けないけれど。私は知らないことは知らないし、好きなことは好きを突き進むだけ。薀蓄は後から自然とやって来るので、そうしたことを含めて日々発見と学びの連続♪


※初めて観た映像はポール・ウェラーが高くジャンプするライヴだったのですがファッションは似ています。1977年のジャム(THE JAM)の名曲『IN THE CITY』です♪


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※当店は「ポール・ウェラー」ファンのお客様も多く、作品も多く扱っているのですが、登録が追いつかずに申し訳ございません。頑張って更新してまいりますので、どうぞ宜しくお願いいたします!!
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by musiclove-a-gogo | 2010-03-05 10:30 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

エヴリシング・バット・ザ・ガール(EVERYTHING BUT THE GIRL)『NIGHT AND DAY』(1982年)♪

懸賞 2010年 02月 12日 懸賞

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★EVERYTHING BUT THE GIRL(エヴリシング・バット・ザ・ガール)は、トレイシー・ソーン(TRACEY THORN)とベン・ワット(BEN WATT)のデュオ・ユニットとして1982年に「チェリー・レッド(CHERRY RED)」よりデビュー。コール・ポーターのカバー曲『NIGHT&DAY』。EBTGのレコードはアルバム『EDEN』(1984年)を最初に買った。けれど、それ以前のこのデビュー曲と同年1982年にトレイシー・ソーンとベン・ワットはそれぞれソロ・アルバムをリリースされていた。私は女性ヴォーカル好きに既になっていたもので、ベン・ワットより先にトレイシー・ソーンのアルバムを聴くことになった。私の好きな女性ヴォーカルの系譜のようなものが時を経る中で脳内に存在するようになった。幾重にも重なり合うので整理がつかないけれど。アコースティックなサウンドと物憂げな儚さのような響きのヴォーカルはやはり大好き!フランソワーズ・アルディ以来の衝撃的な出会いはアリソン・スタットン。そして、トレイシー・ソーンという順番だったと想う。当時は「ネオ・アコースティック」というより「ニュー・ウェイヴ」作品として聴いていた。何の雑誌だったか覚えていないけれど、ニコ(NICO)がトレイシー・ソーンのヴォーカルを絶賛されていた。ご自分と似たものを感じるというような。それを読み、ますますトレイシー・ソーンが好きになった。そして、ニコが仰った言葉は今も私に投げかけたものとして刻まれている。そのソロ・アルバムにはニコが歌ったヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代の曲『ファム・ファタル』がA面のラストに入っていた。CDだと中間となるけれど、この曲で終わりB面にレコードを返すまで、そして、針を置き聴き入る...この作業の中に私の想い出があるし、耳ではなく心にだけ聞こえる音や風景があるように想う。アナログ世代ゆえのことながら。

EBTGのお二人は1962年生まれ。結成当時、各ソロ・アルバムを作られた折は20歳頃。インディーズ・シーンから着々とメジャーに、世界的に人気を得るようになる。クラブ・ミュージックなサウンドに変化してもトレイシー・ソーンのヴォーカルは依然として在る。でも、80年代の楽曲たちの方が馴染んでもいるし、今も聴き返すのは初期の作品が多いみたい♪



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by musiclove-a-gogo | 2010-02-12 22:58 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

オール・アバウト・イヴ(ALL ABOUT EVE)『DECEMBER』(1989年)『SCARLET AND OTHER STORIES』より♪

懸賞 2010年 01月 29日 懸賞

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★ベティ・デイビス主演の『イヴの総て』を由来とする『ALL ABOUT EVE(オール・アバウト・イヴ)』というグループが1985年にデビューした。ポジティヴ・パンクなるちょっとしたブーム。バウハウスはその元祖、そのまた元祖にはデヴィッド・ボウイと遡る事も可能だと思う(ゴシック・ロック(GOTH)を遡れば)。当時のポジティヴ・パンクなるムーブメントに於いては、シスターズ・オブ・マーシーがダントツ!に好きだった。あの地を這う様なアンドリュー・エルドリッチのヴォーカルは唯一無二なお声だった。そして、そこから派生したのがミッションとゴースト・ダンス。オール・アバウト・イヴは、ミッションのリーダーであるウェイン・ハッセイのプロデュース作品ともあり一躍話題になって行った。X-マル・ドイッチュラントやジーン・ラブズ・ジザベル人脈からなるインディーズ時代のシングルは、荒削りながらも当時の「4AD」のアーティスト達に感じられた様なある種の耽美な世界を漂わせていた。勿論、すんなりと引き込まれてしまった。

それから、トントンとメジャー・デビュー。1stの『イヴの序曲』も好きだけれど、2ndの『スカーレット・アンド・アザー・ストーリーズ』はさらに好き。それは、ジュリアンヌの存在がさらに全面化し優しいアコースティック感覚、美しい旋律に溶け込むようなジュリアンヌの清楚でしっかりとしたヴォーカルが際立っていると思うから。彼らはブリティッシュ・ロックの正統派的な流れを汲んでいる。プロデュースがポール・サミュエル・スミス(元ヤードバーズ)とあり、ファン層は拡大されたようにも想う。

私にとって、ジュリアンヌ・リーガンはケイト・ブッシュとミレーヌ・ファルメールの中間に位置する様な存在なのだ。大好きな曲の一つである『DECEMBER』(アルバム『SCARLET AND OTHER STORIES』よりの2ndシングル)が決定的だった(あまりにも個人的な歓び!)。端正な美しい顔立ちを際立たせるかの様な赤い口元。60年代のサイケデリック、英国ならではのトラッド・フォークの芳香、枯葉の似合う妖精、ラファエル前派の絵画のモデルの様なジュリアンヌだと!

可憐なワンピースやロングスカート姿でギターやタンバリンを持つジュリアンヌはとても自然に映った。その様なスタイルの対極に位置する麗しの女性達も好きだったけれど(例えばマラリアのメンバー達の様な)。ジュリアンヌのお声には毒が無い。私は猛毒を持つような女性ヴォーカルにも惹かれるけれど、この正統さが大切なのだと思う、このグループには。奇を衒う事は何も無い。意外だったのはジュリアンヌの突然のポップなソロ・ユニット:MICE(マイス)の登場だろうか?ちょうど、VELVET MOONをオープンした頃の作品で贔屓目たっぷり!に大推薦していた。ブリット・ポップという括りでも好盤であったと思う。独特の個性的な歌唱法でもなく、決定的な声の個性でも無い。きっと、そこがジュリアンヌの魅力だと思う。優美なサウンド、彼らの音楽を聴いていると19世紀の英国にまで行ける。こんな美しい旋律と共にジュリアンヌのお声が時空を超える。

80年代に活躍したグループは随分消滅してしまったけれど、オール・アバウト・イヴは健在だ。一時、解散状態だったけれど復活してくれて嬉しい。私の好きな"英国"が詰まったグループであり、その歌姫であるジュリアンヌ・リーガンは憂愁の追憶でもある。

※2004年9月5日に『憂愁の追憶★ジュリアンヌ・リーガン:JULIANNE REGAN (ALL ABOUT EVE)』として綴ったものに、動画を加えました。もっと追記したいことも多いのですが、ALL ABOUT EVE然りながら、我が心の歌姫のお一人であるジュリアンヌ・リーガン(JULIANNE REGAN)ですので、他の作品のことを追々にと想います♪



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by musiclove-a-gogo | 2010-01-29 09:37 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

ソフト・セル(SOFT CELL)『ソウル・インサイド(SOUL INSIDE)』(1983年)『ソドムの夜』より♪

懸賞 2010年 01月 28日 懸賞

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★明日29日は『sub-culture』のパーティー!今日もお友達から「明日楽しみにしています♪」というご連絡などを頂き喜んでいた。今回で何回目になるのだろう...私がこのイベント『sub-culture』でDJをさせて頂いてきた中で、最も多くかけているアーティストはマーク・アーモンド(MARC ALMOND)の各アルバムから。マークはソフト・セル(SOFT CELL)時代から今もとても好きなアーティストであり、ヴォーカリストとしても素晴らしいお方なので好んで選んでいるのだけれど、大のマーク・ファンである『marcmania』のお友達がいつもイベントにご参加くださっていたことも大きい。今回は日本に居られないのでお会い出来ずに残念だけれど、私はマーク関連のレコードを幾つか持参することは間違いない。何をかけようかな~♪

今後、この「偏愛音楽館」でも熱狂的なマーク・アーモンド・ファンの方々の様には綴れないけれど、私のお気に入りの曲やアルバムのことを追々にと想う。マークはボウイのカバーもされているので、さらに薔薇のポイントアップ!ソフト・セル時代のマークって、今拝見してもとってもキュート!元々歌唱力のあるお方ながら、ますますその歌声はのびやかで艶も失せてはいない気がする。懐かしいソフト・セル時代のライヴ映像での『SOUL INSIDE』を。この曲は1983年のソフト・セルとしての3rdアルバムにしてラスト・アルバムとなった『ソドムの夜(THIS LAST NIGHT IN SODOM)』に収録され、シングル・カットもされた曲。そして、ソフト・セル時代の名曲の一つでもあると想います。


※マーク・アーモンドの来日コンサートには行ったのですが、ソフト・セル時代のライヴは体験していないので、こうして貴重な映像が拝見できるなんて!マーク★素敵です。デイヴ・ボールとのユニットですがいつもマークばかり見てしまいます♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-28 21:10 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

『ピローズ&プレイヤーズ(PILLOWS&PRAYERS)CHERRY RED 1982-1983』★名盤チェリーレッド・オムニバス♪

懸賞 2010年 01月 28日 懸賞

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●side one●
1.Five Or Six / Portrait
2.The Monochrome Set / Eine Symphonie Des Grauens
3.Thomas Leer / All About You
4.Tracey Thorn / Plain Sailing
5.Ben Watt / Some Things Don't Matter
6.Kevin Coyne / Love In Your Heart
7.Piero Milesi / Modi 2
8.Joe Crow / Compulsion

●side two●
1.Marine Girls / Lazy Ways
2.Felt / My Face Is On Fire
3.Eyeless In Gaza / No Noise
4.The Passage / Xoyo
5.Everything But The Girl / On My Mind
6.Attila The Stockbroker / A Bang And A Wimpey
7.The Misunderstood / I Unseen
8.The Nightingales / Don't Blink
9.Quentin Crisp / Stop the Music for a Minute

★凄い顔ぶれ!名曲揃い!『チェリー・レッド』の名盤の一枚。「ネオアコ名盤」とも云われているけれど、全曲「ネオアコ」ではない。また全曲「ニュー・ウェーヴ」でもない。けれど、このオムニバス・アルバムは「ニュー・ウェーヴ」の名盤の一枚だと想う。当時、アナログ盤はピクチャー盤も発売されたので通常盤と両方購入した。どれも個性溢れる楽曲たち。

中でも特に私のお気に入り&付随する想い出の曲を軽く綴ってみると、1曲目の「Five Or Sixファイヴ・オア・シックス」。アルバムのトップを飾る曲はとても重要だと想うので、文句無く最高の始まりである。良い曲です。メンバーのお顔も美形なり。そして、2曲目はワオ~!「The Monochrome Set モノクローム・セット」のラフ・トレードからの初期名曲です。素敵なビドはニュー・ウェイヴ界の貴公子です(ちなみに、ニュー・ウェイヴ界の王子さまはサイモン・ターナーな私)。段々高揚してゆくリスナー心理を見事に捉えた曲順も凄い。そして、「Thomas Leerトーマス・リア」の哀愁エレポップ調の胸に沁み入る名曲で既に「名盤!」となっていたと想う。ああ、あの聴き入る自分の姿が蘇る。心は満たされ歓喜に溢れる中、4曲目は「Tracey Thornトレイシー・ソーン」です。嘗てニコ(NICO)も絶賛されたニュー・ウェイヴ界の大いなる歌姫です。物憂げな歌声に美を感じたものです。そして、5曲目は公私に渡る相棒でもある「Ben Wattベン・ワット」と続きます。もうこれは凄いことでした(私の心の状態)!素晴らしいとしか云えない流れ。そして、6曲目は「Kevin Coyneケヴィン・コイン」で当時は聞き馴れていなかったお方だったけれど、後に我が心の歌姫のお一人でもあるダグマー・クラウゼとの作品を聴き、このケヴィン・コインというお方に一目置くようにもなった。7曲目の「Piero Milesiピエロ・ミレジ」はイタリアのお方で1分強の小さな優しい曲。A面のラストの「Joe Crow ジョー・クロウ」の曲も大好き!チープながら哀愁エレ・ポップ路線なのでお気に入り!と、ここまで23分強。人間の集中力の計算までされているかのようだ。

そして、心はバラ色のまま、そおっとB面に裏返し針を置く。A面の感動は断たれることなく1曲目は「Marine Girlsマリン・ガールズ」で始まる。トレイシー・ソーンが学生時代に結成したガールズ・ユニットで大好き!そして、2曲目は「Feltフェルト」と来ます。もうこの時点で歓喜する心は宙を舞う。どんな状態だったかなど覚えてもいない。何故って、ローレンスだもの!あのローレンスの寂しげなお顔のジャケットを「美しい!」と想い音も知らないのに購入した私。後に隠れていたお顔の部分まで写ったジャケットも買う使命にあると想い購入した。けれど、隠れている方が儚げでより好きだけれど。そして、3曲目は「Eyeless In Gazaアイレス・イン・ギャザ」と続く。モノクローム・セットやフェルト同様に単独でのアルバムを集めていたのでフェイヴァリット・ナンバーは多い。この曲も好き。4曲目は「The Passageパッセージ」。このアルバムで知ったバンドで後にアルバムを聴くことができた。自分では購入してはいないけれど良いと想う。次の5曲目は「Everything But The Girlエヴリシング・バット・ザ・ガール」。トレイシー・ソーンとベン・ワットのこのオムニバス中、後々最も大きく飛躍されていったユニット。そして、6曲目は「Attila The Stockbrokerアッティラ・ザ・ストックブロッカー」というこれまた知らないバンド登場。フォークがパンクでもあることは古今東西多々あるのだ。ポエトリー。7曲目は「The Misunderstoodミスアンダーストッド」である。「チェリー・レッド」はこのように英国の60年代音源の再評価も行って来た。この「ミスアンダーストッド」というと、私の英国二大メイル・ヴォーカリスト(お一人は勿論ボウイ!)であるピーター・ハミル先生率いるヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターのガイ・エヴァンスとニック・ポーターも在籍していたロック・バンド。この曲でのメンバーではないようだけれど好き。そして、8曲目は「The Nightingalesナイチンゲールズ」で、ロバート・ロイドがヴォーカルで、この曲以外にも素晴らしい曲は多い。また、ジョー・クロウとも交流は深い。そして、ナイチンゲールズも「ラフ・トレード」に在籍していた。そして、ラスト曲は「Quentin Crispクェンティン・クリスプ」の朗読で終る。作家でもあり俳優でもあったお方で美老人でもあった。

トータルして優れた作品なので、寄せ集め盤ではない。この少女のジャケットもインパクトは強い。ジャケット・アートはとても重要だと想う。また、ニュー・ウェイヴとか80’sというと、チャラチャラして下手でクダラナイ...などなどの批判を浴びて来ましたが、黙して聴き続け、今なお聴いている私。隠れプログレだったと書きましたが、素晴らしい演奏テクニックを誇るプログレやハードロック界の名プレーヤーに劣らぬ方々も居るのです。まったく下手でそこが可愛いというバンドもありますが。このオムニバスの中では、モノクローム・セットのギタリストであるレスター・スクエアの醸し出すセンス。とってもカッコいいのです!テクニック至上主義ばかりでは心は満たされない。そもそも、パンクやニュー・ウェイヴとは迸る豊かな感性、恵まれない音響設備の中でのユニークかつ斬新なアイデアを駆使して自己表現を始めたのだろうから。


ニュー・ウェイヴ界の貴公子ビドにうっとり。美しい!モノクローム・セットの1979年のライヴです♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-28 09:11 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

XTC 『THIS IS POP』(1978年)『WHITE MUSIC』より♪

懸賞 2010年 01月 27日 懸賞

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★XTCは今ではアンディ・パートリッジしか残っていない。けれど、1977年から今日までニュー・ウェイヴ~ブリティッシュ・ポップ&ロックの中で孤高の存在バンドである。初期はライヴも行われていたようだけれど、次第にアルバム志向は強くなり、なかなかライヴを行わないバンドの一つとして認知していた。そんな私が最初に買ったXTCのレコードは『ブラック・シー』(1980年)なので、結構年月が経っている。リアルタイムは『イングリッシュ・セツルメント』(1982年)。なので、この2枚には思い入れが強いのでまた追々に。

少し経って、ニュー・ウェーヴのオムニバス・ビデオを友人に見せてもらったことがあった。その中にXTCの『THIS IS POP』が入っていて感動してしまった。動く映像はその時が初めてだったのだけれど、『ブラック・シー』に映るメンバーの雰囲気より、もっと若くてサウンドも違ったので暫くXTCばかり聴いていた時期がある(アルバムは結局全部揃えた)。アンディ・パートリッジに何か知的なものを感じたし、ポップなメロディなのにどこか変な魅力。今想えば、この1stアルバムである『WHITE MUSIC』は私が最初に聴いた『BLACK SEA』よりもキーボードがウネウネ・バンバンしていて面白い。2ndの『GO 2』まで在籍していたバリー・アンドリュースの個性は初期XTCサウンドに欠かせないものに想う。そして、このバリー・アンドリュースに興味を持ってしまったことで、名前がまだ混乱していた頃でもありバリー・アダムソンを知る(ニック・ケイヴ・ファミリーへとも繋がる)。

バリー・アンドリューズはXTCを脱退した後にシュリークバック、そして、ロバート・フリップ(キング・クリムゾン)率いるザ・リーグ・オブ・ジェントルメンのメンバーとなる。私はシュリークバックはよく知らないけれど、ザ・リーグ・オブ・ジェントルメンは好きだった。ええと...当時の私は表向きは「ニュー・ウェイヴ大好き少女」だったけれど、「隠れプログレ」でもあった。当店主と年上の友人との交流などによる。一緒にエコー&ザ・バニーメンのコンサートに行った友人たちには「なんで!?」という感じだったので、隠れになってしまった。そんな訳でロバート・フリップはボウイやイーノとの交流もあり作品を追っている最中だった。そして、そのザ・リーグ・オブ・ジェントルメンには、素敵な女性ベーシストのサラ・リーが居られた。彼女はギャング・オブ・フォーのメンバーの時期もある。

XTCの熱狂的なファンのお方は多い。私も好きだけれど、こんなお気楽者なので大した知識はない。でも、アンディ・パートリッジはポップ職人だと想うし、XTCは優れたバンドであると豪語したい。アルバムによってメンバーが随分変動してゆく。この1st時は、ヴォーカル&ギターがアンディ・パートリッジ、ベース&ヴォーカルがコリン・モールディング、ドラムスがテリー・チェンバーズ、キーボードがバリー・アンドリュース。下の動画は私が嘗て観た『THIS IS POP』と同じもの。でも、最初は『TOWERS OF LONDON』(『BLACK SEA』の中の名曲でもある)が少し流れる。再見できる有り難さゆえに文句は言えない♪


アンディ・パートリッジがお若く細くて素敵。皆カッコいいな。シングル・レコードをスライスしているおじさんも愉快。シングル盤好きの私は嬉しい♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-27 12:40 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

ニナ・ハーゲン・バンド(NINA HAGEN BAND)『アフリカン・レゲエ(AFRICAN REGGAE)』(1979年)♪

懸賞 2010年 01月 27日 懸賞

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★この『アフリカン・レゲエ(AFRICAN REGGAE)』は、ニナ・ハーゲンの1979年の2ndアルバム『ウンバハーゲン(UNBEHAGEN)』のトップを飾る曲。ニナ・ハーゲンもまた音楽雑誌に載るお姿から興味本位にレコードを購入した。このアルバムの日本盤リリースは1980年でまだ廃盤になっていなかったので、自転車で買いに行けた。ボウイの70年代初期のアルバムが全く売っていない時期で、まだ中古盤屋さんという存在も知らない頃のこと。このお方がいったいどのような音楽なのか歌声なのか...気になっていたのだろう。

ビックリ!というのか初めて耳にする世界。「レゲエ」という音楽が在る事すら知らない頃だったし、このドイツ語でヨーデル風の巻き舌の歌声。ちょっと怪奇でもありキュートにも想えた。やっぱり、「ニュー・ウェイヴって面白いなあ!」って。ニナ・ハーゲンは1955年東ベルリンに生まれた。まだベルリンの壁が存在する頃に、波乱の少女時代を過ごしている。それも実の父親と2歳で別離(両親の離婚で)。その後、女優の母親は再婚され、少女ニナに新しい父親ができた。少女ニナ10歳。この作曲家でもあった父にたいそう影響を受けたようだ。嘘か誠か分らないけれど、禁断の恋人でもあったとか。年頃になり17歳で先ず俳優を目指し、その頃からバンド活動を始めていたという。けれど俳優学校の受験に失敗。18歳のニナは音楽学校に入学し優秀な成績で卒業。1976年に父親が国外追放となり、慕う父を追ってニナも東から西ベルリンへ。

西ベルリンにやって来てから好転してゆく。CBSレコードと契約しロンドンへ向かった。不思議なお方には不思議なお方との出会いもあるのだろう。それはジョン・ライドン(当時PIL)!このジョン・ライドンにかなりの刺激を受けたらしく、ドイツに戻ってバンドを結成。それがニナ・ハーゲン・バンドである。パンク~ニュー・ウェイヴ時代に於いて、ドイツからの初めて国外にも存在を認知されたお方でもある。ニナ・ハーゲンのあの過剰なファッションは内面の弱さやシャイな部分の裏返しでもあるように想っている。ただ奇を衒うためのものでは決してないと♪




※こちらはデヴィッド・ボウイ様の「ジギー・スターダスト」を歌った1980年のライヴより。シンバル風のものをを頭に付けています。ニナ・ハーゲンはボウイ・ファンでもあられます♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-27 11:22 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

ザ・スリッツ(THE SLITS)愛しきパンク天使★アリ・アップ(ALI UP)『TYPICAL GIRLS』(1979年)♪

懸賞 2010年 01月 26日 懸賞

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★どうしても10代の多感な時期に出会えた衝撃は消え失せることなどないようだ。そんなお一人にザ・スリッツ(THE SLITS)のたまらなくキュートなヴォーカリストであるアリ・アップ(ALI UP)がいる。初めてこのバンドの存在を知ったのは『ミュージック・ライフ』だった。全身泥んこまみれの女の子たちのお写真。どんなサウンドでどんなお声なのだろう...と興味津々状態で、日本盤で1stアルバム『CUT カット』を購入した。私の乏しい想像力など軽く超えてしまう世界だった。そして、アリ・アップの少し掠れた甘いヴォーカルと迸りは私の心を鷲摑みにしたと云っていい程の衝撃だった。パンク~ニュー・ウェイブというシーンの中で最初のガールズ・バンドだと想う。それもメンバーみんな演奏したこともなく、歌ったこともないアリ・アップだったのだ。

パティ・スミスとはロンドンで意気投合したそうだし、ドラムのパルモリヴ(パームオリーヴ)は後にザ・クラッシュを結成するジョー・ストラマーのガールフレンドだった。パルモリヴはフラワーズ・オブ・ロマンスのメンバーでもあったので、後のジョン・ライドンのパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)とも繋がる。1978年にはパルモリヴはザ・レインコーツに加入しているので、スリッツが1979年に1stアルバム『カット』(プロデュースはデニス・ボーヴェル)をリリースした折のメンバーは、ヴォーカルがアリ・アップ、ギターがヴィヴ・アルバータイン、ベースがテッサ・ポリット、ドラムはバッジーであった(後にスージー&ザ・バンシーズへ)。そして、驚異の恐るべき子供たち”ザ・ポップ・グループ”のブルース・スミスとマーク・スチュワート、さらに"Y"や"ON-U"との交流へとも繋がる。スティーヴ・ベレスフォード(フライング・リザーズ)やネナ・チェリーもいた!ザ・スリッツが結成されたのは1976年なので、アリ・アップは14歳!アルバムデビュー時は17歳!マーク・スチュワートはブリストル・サウンド(ポーティスヘッド、マッシヴ・アタック、トリッキー等)の先駆者としてカリスマ的存在でもある。アリ・アップは「私達は20年早かったのよ。」と語ってもいた。ダブやレゲエという音楽など知りもしなかった私はすべてが新鮮で刺激的で”ニュー・ウェーブって素晴らしい!”と歓喜していた。『カット』はリアルタイムではないけれど、私にとって最初のパンクだったのかもしれない。サウンドと、この『ザ・スリッツ(THE SLITS)』という女の子たちのバンド、中でもアリ・アップは今でも心トキメク愛しきパンク天使!良き友人たちと『sub-culture』というイベントを開催(突発的に)して愉しんでいるのだけれど、大抵私の鞄にはこの『CUT』のレコードが入っている♪

*以前書いたものに加筆いたしましたものです。


※可愛すぎるアリ・アップ!美しい長閑な英国の緑の景色の中で妙なミスマッチ感が愉しい♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-01-26 12:28 | NEW WAVE★ニュー・ウェーブ

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