カテゴリ:郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌( 20 )

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祝デビュー40周年!郷ひろみ:HIROMI GO讃歌☆若さのカタルシス(1980年)

懸賞 2011年 08月 05日 懸賞

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★今年は郷ひろみ:HIROMI GOのデビュー40周年という年。3月11日以来、ニュースから目が離せない国難が続く日々。子供の頃から舶来好みで洋楽を主に聴き続けて今に至るけれど、やはり、どうしたって郷ひろみというお方の存在は色褪せることなど無いのです。リアルタイムは『裸のビーナス』から。とりわけ70年代の楽曲たち、ひろみのヒット曲たちはどれも私の少女時代と共にある好きな曲ばかり。シングル・ヒットの多いひろみ。でも、アルバムの中にも素敵な曲がいっぱい。映画やドラマ出演も多く、華麗なルックスは勿論ながら、やはり最大の魅力は「声」である。生まれ持った特徴的な声、長年のヴォイストレーニングによる現在の歌声...これまでの40年は郷ひろみという天職ゆえの軌跡。そして、50年、60年...と踊れなくなったっていい!ひろみの歌声が聴けるのならずっと共に歳を重ねてゆきたいと願う。私が最初に好きになったアイドル、スターである。一桁の子供だった私が40代になっている。こんなカッコイイ55歳はいない。いつまでもファッショナブルでストイック!意味不明なユニークな歌詞を大真面目に歌うひろみが大好き!あの可愛いひろみがこんなにまで・・・並大抵の努力ではないし、悲しいことも経て来ただろう...郷ひろみという天職ゆえに、山を下りまた一歩一歩頂を目指し続ける姿は神々しい。尊敬に値するお方が私の幼年期からのアイドルであること、常に前向きなひろみの姿を想い、私もこれからも自分の歩幅で歩いてゆきたい。東日本大震災の傷痕は大きい。私はその日本に生きる日本人である。これからも、ジャパニーズ・ポップスのスーパースター!郷ひろみ讃歌を続けます。敬意と感謝の気持ちと共に♪

1980年のシングル通算36枚目の『若さのカタルシス』(B面は『魔女裁判』)。テレビドラマ『ミセスと僕とセニョールと』の挿入歌でもあった。当時、「カタルシス」という言葉が知りたくて辞書で調べたものでした。アリストテレスのギリシャ哲学の言葉で、心の浄化という意味で、私も幾度も涙と共に経験した感覚でもあります。美しいアートも傍らに。ひろみから影響を受けているという及川光博版のカバー曲もあるそうです。

若さのカタルシス 歌:郷ひろみ
作詞:阿木燿子 作曲:都倉俊一 編曲:萩田光雄


燃える sunrise sunshine 若さのカタルシス
落ちる sunset sunglow 恋の冒険者たち
朝な夕なに あなたを想い キリキリ胸が痛むのに
あなたの前で素振りもみせずおどけてばかり
ぼくにとっての 不幸さ

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by musiclove-a-gogo | 2011-08-05 07:11 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

必見です!『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』★ゲスト:郷ひろみ、ジュディ・オング、太田裕美他♪

懸賞 2011年 05月 25日 懸賞

★『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』という番組がBSプレミアムで、5月29日(日)午後7:30~8:59放送されます。凄いです!嬉しいです!筒美京平さんは日本が誇るポップ職人の最高峰なお方。これは永久保存版ですね。そして、間違っていたらご指摘願いたいのですが、筒美京平氏の作曲によるシングル盤の最多は我が永遠のアイドル、郷ひろみ:HIROMI GOであると思います。ヒット曲もやはりひろみが最多ではないでしょうか!という程、私の幼少時から今日の音楽好きの根源的なものは、筒美京平&郷ひろみによるもので、ジャパニーズ・ポップスの極致な名曲がわんさかあります。この番組にはそのひろみもご出演されると知り今からわくわくしています。他のゲストの方々の名も嬉しいです。J-POPではなく、ジャパニーズ・ポップスという言い方、あるいは歌謡曲というポップスが今も好きです。今だからこそ!また、筒美京平X郷ひろみの新曲を熱望しています!!

c0222662_11153957.jpg郷ひろみさんは今年、デビュー40周年です。6月1日には新曲『笑顔にカンパイ!』がリリースされます。作詞・作曲は布袋寅泰(デビュー30周年)。ひろみx布袋というコラボは初めてで異色な気もしますが、ポップで楽しい曲だと思います。『笑顔にカンパイ!』郷ひろみデビュー40周年記念シングルです。ひろみのマネージャーさんが布袋さんの大ファンだそうです。


『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』 BSプレミアム 5月29日(日)午後7:30~8:59

日本のJ-POPを確立した作曲家、筒美京平。ヒットチャート登場曲500曲以上、1位獲得数39曲、という圧倒的なヒット作の数々が示すように、作曲家としてデビュー以来音楽ファンを魅了するサウンドを提供し続けてきた。しかし筒美京平その人が、マスコミに登場することはほとんど無い。表に立つことを嫌い、プロの職人として裏方に徹する、その美学を貫き通してきたからだ。その筒美京平氏が今回一度限りという許諾のもとにNHKの番組に出演し、初めて自らを語る。

番組は筒美京平のヒット作品、サウンドを紹介しながら、個人として、音楽家としての貴重なインタビューを紹介。作曲家・筒美京平を「知る」テレビで初めての試みとなる。

【出演】筒美京平 【ゲスト】伊集院静,郷ひろみ,ジュディ・オング,太田裕美,中川翔子,松本隆,橋本淳,船山基紀,草野浩二
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by musiclove-a-gogo | 2011-05-25 11:23 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

『いつも心に太陽を』歌:郷ひろみ 作詩:阿久悠 作曲:ミッキー吉野★明日「めざましソングエイド」出演♪

懸賞 2011年 04月 01日 懸賞

 この度の東北地方太平洋沖地震により被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。 一日も早い復旧を祈り願うばかりです。

 また、この震災は国難であるので個々の出来ることを、しっかり情報を得、会見を聞き、被害を受けられた皆様、救援作業をしてくださっている皆様、ご家族の皆様に頑張ってください!と。徹夜で決死の作業をされている方々の姿に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます!頑張ってください!と応援しています。日本人であること、日本が好きです。復興に向けて力を合わせる、思いや祈りは尊い力となると信じています。

 まだまだ安否不明の方々の数は減らない。地震と津波による自然災害のみならず、原発事故の脅威が追い打ちをかける。時間がかかるだろうけれど、夢と勇気、力を合せ心を寄り添いながら、心豊かな日本の復興、再建を願います。震災で両親を亡くした子供たちの数は未だ不明で、阪神淡路大震災よりも倍以上の数になるだろうと報じられている。このような悲劇の中でも、どうか「いつも心に太陽を」抱いて笑顔を失わないで頑張ってほしいです!

 今年は郷ひろみデビュー40周年!ひろみって日本の景気が衰退する折にヒット曲や代表曲が多い。天性の真面目さ、前向きな姿勢がそうした沈んだ時代に光を与えてくださる存在となって今日に至るのではないでしょうか...と「郷ひろみ讃歌」を私は続けるのです。1979年の通算31枚目となるシングル曲で、とっても爽やかな、ひろみらしい素敵な曲『いつも心に太陽を』を♪

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「いつも心に太陽を」 郷ひろみ
作詞:阿久悠 作曲:ミッキー吉野

それでも生きている限り
いつも心に太陽を
いつも心に太陽を
いつも心に太陽を

YouTubeはこちら → 郷ひろみ/いつも心に太陽を (1979年)

★速報!めざましスペシャル めざましソングエイド フジテレビ 4/2(土) 8:30~9:55
『めざましテレビ』に今できること・・・歌の力で元気と希望を届ける。
被災地に足を運び歌を届けた、かりゆし58、郷ひろみ・平原綾香はスタジオから生で歌を届ける!

 
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by musiclove-a-gogo | 2011-04-01 09:17 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみ『誘われてフラメンコ』(1975年)作詞:橋本淳 作曲:筒美京平★スパニッシュ風高速ポップな名曲

懸賞 2011年 02月 09日 懸賞

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A面 誘われてフラメンコ
作詞:橋本淳 作曲・編曲:筒美京平
B面 夏の一日
作詞:橋本淳 作曲・編曲:筒美京平
1975年 13作目のシングル

★小学生時代のあのときめき!郷ひろみの初期名曲(ばっかりですが!)『誘われてフラメンコ』。1975年の13枚目のシングルです。橋本淳氏の歌詞と筒美京平氏の曲、そして、ひろみのあのお声&歌唱法!大好きな曲です。ひろみって無国籍風でどこか異国の王子様のようです。この曲は高速なリズムでスパニッシュ風味のカッコイイ楽曲ですが、やはりあの語尾の"真夏の~ッ"(キュッと上がる)"匂いは~ッ"(キュッと上がる)というのが最高です!ひろみの天性の独特の声質ならではの名曲だと思います。現在もまだまだ高い声が健在なのもストイックさの表れ。ひろみのバラードも好きだけれど、意味のあるような無いような、ユニークな歌詞を真面目に歌うポップなひろみが大好きです!京平先生も次はどんな曲にしようかと、作曲意欲が湧いておられたようです。駄作曲皆無!と豪語したい程、郷ひろみ&筒美京平は歌謡曲史に光輝き続ける、色褪せない見事な組み合わせだったと思うのです。下の懐かしいお姿!20歳のひろみです。カッコイイけれど可愛いのがイイ!ストーンとスリムな体型がイイ!歌いながら目が泳ぐひろみが大好きです☆


★まだ可愛らしさが残る20歳になられたひろみ☆名曲!郷ひろみ/誘われてフラメンコ(1975年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-09 21:42 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみ 『天使の詩/青いしずく』 木下恵介アワー『おやじ山脈』 主題歌・挿入歌(1972年)♪

懸賞 2011年 02月 04日 懸賞

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A面 天使の詩 
作詞:アン・グレゴリー 作曲:ポール・クーラック 日本語詞:ヒロコ・ムトー
B面 青いしずく 
作詞:ヒロコ ・ムトー 作曲:木下忠司
1972年 3作目のシングル

★もう数年早く生まれていたかった...と思うことが多い。とても1970年代前半の時代の空気感のようなものが好きだから。けれど、音楽や映画などを実体験していないので後追いばかり。この大好きな曲『天使の詩』のシングルの両面ともに、木下恵介アワー『おやじ山脈』というテレビ・ドラマの曲で、主題歌と挿入歌だったそうだ。その番組の放送は、1972年10月3日~1973年3月27日ということなので、郷ひろみとして歌手デビューされてすぐのこと。16歳頃の少年時代のひろみ大好き!勿論、今も大好きなのだけれど。

『天使の詩』はこの頃の郷ひろみならではの世界!優しく愛らしく、そしてちょっぴり寂しい美しい楽曲。ひろみの歌う"ラ~ラ"という響きがなんとも言えない。B面の『青いしずく』の作曲は木下恵介の弟である木下忠司。数多くの映画やドラマの名曲を残しておられる作曲家。作詞はこのシングル両面ともヒロコ・ムトーという、ひろみのシングルの中でも異色の一枚ではないでしょうか。他にも沢山ドラマ出演されていた少年時代のひろみ映像が観たいです。再放送かDVD化されると嬉しいのだけれど...と気長に待っていたいです♪

★youtubeにあげてくださっていたお方が居られたのですが今はもう聴けなくなりました...隠れた名曲もいっぱいのひろみの素晴らしい楽曲を讃えておられたのに残念ですが仕方ないですね♪

★勝手に連想してしまう関連記事:同名タイトルのイタリア映画『天使の詩』(ルイジ・コメンチーニ監督の1966年作品)も美少年映画で大好きなもので♪
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by musiclove-a-gogo | 2011-02-04 05:21 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

明けましておめでとうございます☆今年も郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌で素敵な一年でありたいです♪ 

懸賞 2011年 01月 06日 懸賞

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新年、明けましておめでとうございます!

★2010年の大晦日の紅白歌合戦にひろみが9年ぶりに出場を決意されたので、その後半トップのメドレーを楽しみに待機し鑑賞していました。短い時間でのメドレーなので楽曲は新曲の『愛してる』~「NHK みんなのうた」の『僕らのヒーロー』~『男顔GROOVE!』の3曲構成でした。あっという間に終わってしまいましたがジャケット・プレイもバッチリ!ひろみはヒット曲がいっぱいあるので、もう少し時間が欲しいですが生放送だしそういう訳にもゆかないですね。最後は白黒の素敵なスーツ姿で手を振っておられました。

新年になりニュースで、2010年NHK紅白歌合戦の後半の視聴率が40パーセントを超えた高視聴率だったと知り嬉しかったです。ひろみを待っていたファンの皆様も多かったと思います。長年のファンの方々から小さな子供たちのファンの皆様まで、ひろみのファン層は広がっているのです。今年はデビュー40周年の年!昨年もハード・スケジュールな「GO!GO!イヤー」の55歳のひろみでしたが、今年も祝!40周年☆本当に凄いです。ひろみが20歳頃に「50歳になっても歌ったり踊ったりしていたい」と語っておられたことを、今も華麗に実現されています。60歳になっても、もっと先も、踊れなくなったってあのひろみのお声さえあれば!といつまでも夢と光を与えてくださる存在でいてほしいです。そんな郷ひろみとは天が与えた美しきもの。ご本人の天性の魅力だけでここまでの歩みは無い。それは、ストイックで苛酷な道のりであり、まだその歩みを続けておられるお方。少女だった私がすっかり大人になった今もこんなにトキメク存在であるひろみを冷静に振り返る...本当に素晴らしい!明るく眩しい笑顔や歌声に心躍った日々は今も継続しているなんて!苦を苦と思わない姿勢、常にご自分を高めようと前進してゆく姿にやはり「郷ひろみの美学」を感じてならない。これからも、ひろみが歌う限りいつまでも応援してゆきます♪

★2001年の映像です。ひろみはデビュー時からファーがお似合い☆この髪型好きなのでした♪


『NHK紅白歌合戦』に出場された、これまでの郷ひろみデータです。

●第1回目(初出場) 1973年 『男の子女の子』 
●第2回目 1974年 『花とみつばち』 
●第3回目 1975年 『花のように鳥のように』 
●第4回目 1976年 『あなたがいたから僕がいた』
●第5回目 1977年 『悲しきメモリー』
●第6回目 1978年 『バイブレーション』 
●第7回目 1979年 『マイレディー』
●第8回目 1980年 『How many いい顔』
●第9回目 1981年 『お嫁サンバ』
●第10回目 1982年 『哀愁のカサブランカ』
●第11回目 1983年 『素敵にシンデレラコンプレックス』
●第12回目 1984年 『2億4千万の瞳』
●第13回目 1985年 『COOL クール』
●第14回目 1990年 『Wブッキング』
●第15回目 1994年 『言えないよ』
●第16回目 1995年 『逢いたくてしかたない』
●第17回目 1996年 『2億4千万の瞳』
●第18回目 1997年 『お嫁サンバ '97』
●第19回目 1998年 『セクシーユー』
●第20回目 1999年 『GOLD FINGER '99』
●第21回目 2000年 『なかったコトにして』
●第22回目 2001年 『この世界のどこかに』
●第23回目 2010年 『GO!GO!イヤー紅白スペシャルメドレー』

※上のひろみのお写真はNHK紅白歌合戦のニュース・サイトより掲載させて頂きました。『僕らのヒーロー』のポーズですね♪
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by musiclove-a-gogo | 2011-01-06 09:36 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

素敵な55歳☆郷ひろみ(HIROMI GO)☆Happy Birth Day☆色褪せない大好きな曲『夢みる頃を過ぎて』♪

懸賞 2010年 10月 18日 懸賞

★子供の頃から「ひろみ」と呼んでいるので、どなたかとの会話の中でも「ひろみ」と云っている。最近は「HIROMI GO」と呼ぶ方も多いので「HIROMI GO」と呼ぶことも。どちらにしても、ひろみ!1955年10月18日生まれ。55歳になられました!お誕生日おめでとうございます☆ツアーが開始していたのですが、この18日は武道館ライヴです。凄く盛り上がっただろうなあ...♪

ようやく涼しい季節になり「芸術の秋」深まるのは良いのですが、なんとなく「憂愁」に浸ってしまっています。珈琲を飲もうと「褐色の恋人」のフレッシュを一つ袋から取り出すと花言葉が付いていて、先程は「永遠の悲しみ」とあったので、何だかもう勝手に涙が出てきて仕方がないのです。特に悲しいことが有った訳ではないのに。

15歳で芸能界入り16歳でデビューのひろみが55歳。40年近いキャリアで一度も太った姿を見たことが無い。お腹が出ているとか二重顎とかのひろみを知らない。ストイックなひろみ美学を貫き続けるお姿には天晴れ!子供の頃からいっぱい夢と希望を与えてくださった。その方が今もなお現役でスターであるのだ。凡人には分らない苦悩や苛酷な道のりだろう、この先も。人々に夢を与える存在のお方はきっとその分だけの苦しみがあると思う。そんなことは充分に承知の上で、ひろみは「郷ひろみであるために」それらの苦しみを「苦」とも思わず自分に課されて来たし、そういう真面目な性分ゆえに今も輝き続けるのだろう。次のシングルは久しぶりにバラード曲だという。ひろみファンの男性も実は多いけれど、デビュー当時からルックスが優先され過ぎて、見逃されてしまう魅力の多いお方の代表でもある。けれど、歌が上手になりすぎてしまって、すっかり口先でハミングするには歌の下手な私にはとっくに無理になってしまっている。なんとも勝手なものである。ひろみのファンクラブは大阪発祥だという。10代の頃から今も大ファンであるという女優の萬田久子さんも武道館ライヴ行かれたのだろうなあ...とか。武道館の中に入ったことが無いものでいつの日にか☆

1975年のシングル『バイ・バイ・ベイビー』のB面のとっても大好きな曲『夢みる頃を過ぎて』が聴きたくなったので!動画ではありませんが曲も歌詞も大好きです。当時はまだLP盤は持っていなくて、シングル盤を母に買ってもらう子供でした。このシングル盤は今も持っています。伊丹のレコード屋さん...もう無いだろうな。おじさんの顔は今でも覚えているけれど☆


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by musiclove-a-gogo | 2010-10-18 22:15 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみ『真夜中のヒーロー』(1977年)作詞:小谷夏 作曲・編曲:筒美京平★写真:篠山紀信 ♪

懸賞 2010年 07月 23日 懸賞

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★真夏到来となり私は毎年この季節になるとかなり弱ってしまうのだけれど、心の栄養も得ながらなんとか乗り切りたいと思っています。このブログのタイトルでもある「永遠のアイドル」の筆頭はもちろんHIROMI GO(郷ひろみ)であります。少女時代に軽くタイムスリップできる存在。今日はひろみの1977年の通算第20作目となる『真夜中のヒーロー』を。最初に買ったのは『裸のビーナス』だけれど、その頃は母に買ってもらっていた時期。この1977年頃になるとまだ洋楽に目覚める前で、次のシングルの発売をドキドキしながら待ちわびていた頃。先日のシモーヌ深雪さまとの音楽対談時に、「子供の頃の思い出はいつまでも残っているもの」というお話をさせて頂いた。私は、その頃に最も心トキメクものは少女マンガであり、郷ひろみという存在だった。なので、その頃のひろみの歌や映像、写真などに再会することになると、今もどうしても心が躍る。大人になることにまだ何の抵抗も抱いてはいなかった頃。

この『真夜中のヒーロー』はとっても好きだった。可愛いひろみが少しずつ綺麗に大人っぽくなってゆく。そんなイメージをこの曲の翳りのある歌詞やメロディーと共に抱いたように思う。何を着ても似合うひろみだけれど、このお衣装は今観ても素敵!帽子姿も大好きだし。シングル・ジャケットのお写真は篠山紀信によるもので、主演映画のために髪を短くした頃。下の貴重な映像では少し髪は伸びている。演奏はスーパー・ジェッツ。

イントロも間奏も大好き!歌詞はすべて好きで今も心に響く。

時計の針が ひとつになると
のどが渇くし からだがほてる
迷い子の あゝぼくの青春

・・・・・

だけどごらん あの空が
白みはじめる 夜明けに
薔薇がひとつ開くように
ぼくはきれいになれるね
センチメンタル ブルー


"薔薇がひとつ開くように ぼくはきれいになれるね"というフレーズが私を突き刺したとも云える。このようなフレーズを違和感なく歌える歌手が当時いただろうか!青春の真っ只中は誰もが体験している。甘くて苦い。その少し先には大人への道がぼんやり見え始める...私はこんな時期がたまらなく苦しかった。今だからこそ、この曲の歌詞が当時の私よりもずっとずっと心に沁み入るのかもしれない☆
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→ ●美しいです★郷ひろみ/真夜中のヒーロー 1977年の映像●


※『麗人図鑑 VOL.32 郷ひろみ:HIROMI GO』を更新いたしました♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-07-23 19:22 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

郷ひろみ『恋の弱味』(1976年)★近田春夫&ハルヲフォン『恋の弱味』のカバー(1978年)♪

懸賞 2010年 05月 05日 懸賞

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★5月5日(GOGO!)なので久しぶりの我が永遠のアイドル&スターである郷ひろみ(HIROMI GO)!名曲ヒットは多数あるのだけれど、幼い私でも"カッコいい!"とこの曲を下手なのに口ずさんでいた。ひろみの1976年16枚目シングルで、B面は初主演映画『さらば夏の光よ』のテーマ曲を収録。共に、作詞は橋本淳、作曲は筒美京平。近田春夫&ハルヲフォンは、アルバム『電撃的東京』の2曲目で『恋の弱味』(編曲は近田春夫)をカバーされていた。近田春夫さんにはたいそう感謝している私。まだ洋楽に目覚める前なので毎月のお小遣いは少女マンガに消えていた頃。けれど、ひろみの新曲が出ると知るとシングル盤を買い始めていた頃。そんな情報を逸早く知ることができた番組があった。近田さんの担当されていた「オールナイト・ニッポン」の深夜二部(電波が悪い上、私の同年代で聞いている友人は居なかった)。近田さんはひろみファンでもあるので「ひろみ君の新曲だよ」とかけてくださりコメントもしてくださっていた。発売前にかかったこともあった気がするのだけれど勘違いかも...。その近田さんが「近田春夫&ハルヲフォン」としてひろみのカバーを歌っていると知った時も嬉しかったな。ハルヲフォンのメンバーにはギターで小林克也さんが居られた。

2000年代になって、近田さんの書かれたご本を読んでいるとやはり「郷ひろみ讃歌」されており、私は信用できるお方だ!とあの少女時代のトキメキが蘇るようでもあった。

くどいようだが郷ひろみはすごいと思う。それに異論を唱える人はいないだろう。だが、そのすごさについて語ろうとする時、結局「何だか判らないけどすごい」ということの先に進むのが難しい。・・・・・郷ひろみは謎めいた元気さというものを定着させようと思っているのではないだろうか?それは二枚目なる概念が、もはや世間では決してまっすぐな形では通用しなくなった。故のきびしいプロフェッショナルな読みだと私は思っている。郷ひろみは「何だか判んないけどすごい」人を、クールに演じている。すごいのは、そこなのだ。すごいのはその意思であり、また決して(そういった戦略のあることの)しっぽをつかまれない遂行の見事さである。・・・・・断言する。郷ひろみの目指すのは、トム・ジョーンズとジョン・トラボルタの丁度中間あたりである。 (近田春夫)

このように語っておられ愉快!この「何だか判らないけどすごい」というのはよく耳にすることでもある。時代時代にヒット曲を持ち続け、あの可愛いアイドル時代から今なおスターであり続けるHIROMI GOって?!また「謎めいた元気さ」という表現も流石に近田さん!長年洞察されている鋭さを思うのである。ひろみは日本が不景気な時代にこそ必要とされているのか妙なタイミングでヒット曲と不景気が一致するとも(一概には云えないけれど)。あの輝く「陽」が元気を伝授するのかも。野球を愛し、太陽の似合う郷ひろみは原武裕美(本名)が垣間見られる瞬間でもある。

原武裕美の夢。郷ひろみが夢を果たせること。郷ひろみの夢。素晴らしいミュージカルを作ること。そして、40才になろうが、50才になろうが生きている限り、歌いつづけること。そして、この夢を果たすために、心の欲張り屋であること。心の欲張りを保つために、たくさんの真の友を持つこと。真の友を持つために、人間に対して誠実であること。人間に対して誠実であるために、自分自身に正直であること。自分自身に正直であるために、愛を信じ育むこと。世界に愛を育むために、僕は生きている限り、歌い踊りつづける・・・ (二十才の記 郷ひろみ)

もうすぐデビューされて40年の郷ひろみ(現在54歳にして美麗なり!)。私はひろみが歌い続ける限り「郷ひろみ讃歌」を続けるだろう。まだ一桁の子供だった私が毎日口ずさんでいたひろみの曲たち(当時の昭和の歌謡曲たち)は今も色褪せぬもの。私はすっかり星空の光を愛するようになったけれど、妙な憂愁を伴う、けれど一際輝き続ける星に何かしらのエネルギーを頂いていると感じ夜空を仰ぐ。郷ひろみとはそんな星のようなお方なのだろう!では、郷ひろみの『恋の弱味』(1976年)と近田春夫&ハルヲフォンの『恋の弱味』(1978年)を☆どちらも大好き!




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by musiclove-a-gogo | 2010-05-05 02:22 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

『バイ・バイ・ベイビー(BYE BYE BABY)』ベイ・シティ・ローラーズと郷ひろみ(共に1975年)♪

懸賞 2010年 03月 03日 懸賞

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★永遠のアイドル!郷ひろみ(HIROMI GO)の1975年の12月に発売されたシングル『バイ・バイ・ベイビー』。原曲はベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)で共に1975年のヒット曲。この頃の私は小学生でまだひろみのLPは持っていなくてシングル盤は買って貰っていた。何年だったかな...毎年の人気投票の1位は郷ひろみって決まっていたのに、一度だけこのベイ・シティ・ローラーズに抜かれた事があった。それ程凄い人気だった。タータンチェックも大流行で知らないうちに私もチェックのスカートを穿いていた。「少女マンガと郷ひろみ」がその頃の私の宝物。秀樹好きの女の子と仲良くしていて、彼女とは高校が離れても時々遊んでいた。吉田まゆみさんの漫画が大好きな方で夏休みによく私の家にやって来ては一緒に音楽を聴いたり、私の好きな萩尾望都さまの漫画を交換したりして。その女の子がいつの日からかすっかり秀樹からベイ・シティ・ローラーズのファンとなっていた。中でもパット・マッグリンが大好きだったようで、色々雑誌などを見せてくれた。熱狂的で本当に色んなものをお持ちで読ませてもらったりした。私は一度も個人的にベイ・シティ・ローラーズのレコードを買ったことはないのだけれど、彼女のお陰で結構好きな曲もあったり。私はちょっとだけ在籍していたギター(ヴォーカル)のイアン・ミッチェルがメンバーの中では好きな方だった。可愛い少年っぽさで。でも、周りは凄い人気のようだけれど、私にはひろみを超える存在ではなかった。スコットランドのエジンバラ出身の外国のアーティスト数名に一時人気を抜かれても平気だった。ひろみは一人でその後も抜き返した(その後、また狩人という兄弟デュオに一度抜かれたけれど)。でも、今もHIROMI GOはスターであり続けているのだし。

私は好きなものの核は今も変わらない。でも、前述の女の子は「マイ・ブーム」らしき波がやって来ては熱狂する。凄い熱い想いで語ってくれていた。小学生の頃から長らくベイ・シティ・ローラーズのファンだったけれど、次はマッチ(近藤真彦)になって行った。私は洋楽を聴き始めていたけれど、歌番組は観ていて、ひろみとジュリーが好きだった。その女の子はとっても乙女ちっくで「恋は盲目」と云うけれどそんな感じ。でも、マイ・ブームが去るとあっさりしていた。そのお友達にデヴィッド・ボウイのお話をしてみても、マッチしか目に入らないらしい。私はそんな頃から今も然程変わってはいないように想う。もう大好きな心の住人たち、それも年月も経てゆくなかで、それらはさらに確固たるものとして存在しているようだ。広がってはゆくけれど、大好きな人(もの)を忘れることはできない。友人にしてもそうであまりお会いする機会が減ったとしても関係ない。好きな友人のことを忘れることはないし、嫌いになんてなったことはない♪


※ベイ・シティ・ローラーズのレスリー・マッコーエンが歌う『Bye Bye Baby』♪


※郷ひろみの日本語でのカバー曲『バイ・バイ・ベイビー』(訳詞は安井かずみさん)です。ひろみヴァージョンの方が私はやっぱり好きです☆B面の『夢みる頃をすぎて』も名曲です♪


※ベイ・シティ・ローラーズの中で唯一ちょっと好きだったイアン・ミッチェル(後にロゼッタ・ストーンへ)在籍の頃の映像もございました♪

★こうして、懐かしく拝見でき、やはりひろみが一等素敵なアイドルだと再認識してしまいます♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-03-03 08:27 | 郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌

懸賞