カテゴリ:シャンソン・フランセーズ( 42 )

懸賞 懸賞

『ホワッド・アイ・セイ』シルヴィ・ヴァルタン(1962年)原曲レイ・チャールズ『何と言ったら』(1959年)

懸賞 2011年 02月 15日 懸賞

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★初期のシルヴィ・ヴァルタンを続けます。シルヴィは現役のお方なので、もう!とんでもないくらいに大好きな曲がいっぱいですが、やはり初期から辿ってゆくのが好きなもので。そして、カバー・ポップスがこれまた大好き!オリジナル曲や70年代以降のシルヴィ・ヴァルタンを辿ることは、個人的なポップス愛好過程の秘かな愉しみでもあります。そこで、今日の1962年の『ホワッド・アイ・セイ(Est ce Que Tu Le Sais)』は同年の1stアルバム『シルヴィ・バルタン・プルミエ(SYLVIE)』に収録されています。オリジナルはレイ・チャールズ(Ray Charles:1930年9月23日~2004年6月10日)。幼少の頃に緑内障による失明という苛酷な人生を負いながらもピアノを学び、50年代から多くのヒット曲を生んだ偉大なるソウル・シンガーで「ソウルの神様」と呼ばれているお方。

この『ホワッド・アイ・セイ(What'd I Say)』はレイ・チャールズの『何と言ったら』という邦題で当時日本盤になったそうです。今では『ホワッド・アイ・セイ』で通っているオールディーズの名曲の一つ。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley:1935年1月8日~1977年8月16日)のカバーでも有名ですが、フランス語で歌うシルヴィ・ヴァルタンの『ホワッド・アイ・セイ(Est ce Que Tu Le Sais)』ヴァージョンを最も多く聴いています。まだシルヴィも10代で髪もショートカットにパンツルックでツイスト!とってもキュートでご機嫌なのです♪

★とってもキュート!ダンスもお上手☆シルヴィ・ヴァルタン/ホワッド・アイ・セイ(1962年)♪


★オリジナルのレイ・チャールズ/ホワッド・アイ・セイ(1959年)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-15 22:06 | シャンソン・フランセーズ

『悲しき雨音』シルヴィ・ヴァルタン(1963年)★麻丘めぐみ(1976年)原曲:カスケーズ(1963年)♪

懸賞 2011年 02月 14日 懸賞

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★フランス産のガールズ・ポップは個人的に最も大好きです。60年代の作品となるとかなり後追いなので、当時の時代感を体験していないのが残念ですが、その空気感を想像しただけでも楽しいです。アメリカン・ロックンロールのフランス版は「イエイエ」とか「イェイェ」と表記されますが、当時のアメリカン・ロック&ポップスは異国の若者たちを熱狂させていたという空気が好きです。アメリカン・ドリーム健在だった頃が。ジョニー・アリデイを筆頭に女性ではやはりこのお方!フレンチ・ポップス界の女王☆シルヴィ・ヴァルタンの1963年の日本デビューとなるシングルです。A面はポール・アンカのカバー曲『いつでもあなたを』を英語で、B面はカスケーズの最大のヒット曲『悲しき雨音』をフランス語ヴァージョンで収録されています。シルヴィってとっても美人でファッションも素敵。フランソワーズ・アルディ、フランス・ギャル、シェイラ、シャンタル・ゴヤ...と60年代以降も数多くの名曲&代表曲がありますので、イエイエ及びフレンチ・ポップスももっと頻繁に更新してゆきたいと思います。

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日本での次のシングルは『おセンチな17才/想い出のダンス・パーティー』なので、この『いつでもあなたを/悲しき雨音』と順序が逆なのでちょっと整理が必要となりますが、それも何だか愉しいです。アルバムでは『おセンチな17才』と『想い出のダンス・パーティー』は1962年の1stアルバム『シルヴィ・バルタン・プルミエ(SYLVIE)』に収録、『いつでもあなたを』と『悲しき雨音』は1963年の2ndアルバム『シルヴィ・バルタン・ドゥジューム(TWISTE ET CHANTE)』に収録されています。

★シルヴィ・ヴァルタン/悲しき雨音(フランス語ヴァージョン)♪

★オリジナルはカスケーズのヒット曲で、多くの方がカバーされていますが、カコちゃんこと麻丘めぐみ・ヴァージョンもとっても素敵です(1976年)。こちらは日本語でのカバーで訳詩は岩谷時子!「すてきなバルタン」ですが「すてきなカコちゃん」でもあります♪

彼を待ってる窓辺に 淋しい雨の音
   ひとりぼっちの ためいきか
   こぼれる涙か

   彼は私が愛した ただひとりの男
   なのに彼には わからない
   私のこころが

★麻丘めぐみ/悲しき雨音(日本語ヴァージョン)♪

★アメリカはサンディエゴ出身の5人組カスケーズの1963年の大ヒット曲『悲しき雨音(Rhythm of the Rain)』。本家のカスケーズ(The Cascades)ヴァージョンも♪

★カスケーズ/悲しき雨音(オリジナルの英語曲)♪

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by musiclove-a-gogo | 2011-02-14 03:02 | シャンソン・フランセーズ

サントラ 『ロシュフォールの恋人たち』★そして、クリスチャンヌ・ルグランとスウィングル・シンガーズ♪

懸賞 2010年 10月 01日 懸賞

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★(サントラ 『ロシュフォールの恋人たち』 音楽:ミシェル・ルグラン(MICHEL LEGRAND) そして、ジャック・ドゥミ監督のミュージカル三部作とクリスチャンヌ・ルグランの歌声の素晴らしさ)を『リリスの館』にて更新いたしました。

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60年代初頭から活動を始めていたコーラス・グループのスウィングル・シンガーズ(Swingle Singers)のリード・シンガーであったクリスチャンヌ・ルグラン(ミシェル・ルグランの姉)は、ジャック・ドゥミ監督のミュージカル三部作と云われる『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』『ロバと王女』のいずれにも参加されている。ルグラン一家は音楽一家なのですが、本当に素晴らしい方々だあ~!と思います。

フランス映画の名作は映画の歴史でもあるのでしょうが、フランス贔屓の私でも思うのは、「ミュージカルの少なさ」。そこはアメリカ映画がやはり本場であるということも、ジャック・ドゥミ監督がジーン・ケリーやジョージ・チャキリスを招いての『ロシュフォールの恋人たち』であることに、何か美しい映画への愛を感じてしまいます。フランスの大女優であるダニエル・ダリュー以外はすべて吹き替えなのですが、以前もこの映画のお話の記事に書いたのですが、ジーン・ケリーの歌声も聴いてみたかったなあ...と欲張りな思いを抱いてもいます。

音楽が流れると、「あっ、あの場面!」とうっとりできるのって素晴らしいと思います♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-10-01 11:10 | シャンソン・フランセーズ

永遠のフレンチ・ロリータ★シャルロット・ゲンズブールの初来日公演決定!

懸賞 2010年 09月 09日 懸賞

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★ドキドキ!我が永遠の聖少女☆少女イコンであるシャルロット・ゲンズブールが歌手として初来日されます。東京と大阪の公演が決定しています。いざ当日になるまで心は落ち着かぬ状況でありましょう!なので、此方と『クララの森・少女愛惜』にてちょこちょこと、シャルロット・ゲンズブール祭(大会)をしてしまいそうです♪

<来日公演情報詳細>
シャルロット・ゲンズブールの初来日公演が決定となった。東京は10月24日(日)東京国際フォーラムホールA、大阪は10月26日(火)大阪IMPホールだ。

天才アーティスト(映画監督&ミュージシャン)の故セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンとの間に生まれた生粋のサラブレット女優シャルロット・ゲンズブールは、1971年7月21日イギリス・ロンドンの生まれ。両親の影響もあり、1984年、13歳の時に『残火』で映画デビュー。それを見たジェーンの現在の夫であり映画監督のジャック・ドワイヨンによって『イザベルの誘惑』に出演。1985年『なまいきシャルロット』で初のヒロインを飾り、シャルロット旋風を巻き起こし、セザール賞の有望若手女優賞を受賞。以降、出演作が続き、大女優への道を着実に歩み始めた。

1997年には、『愛を止めないで』で共演したイヴァン・アタルとの間に男の子を出産している。これまでに、アカデミー賞にノミネートされたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『21グラム』や、『恋愛睡眠のすすめ』(ミシェル・ゴンドリー監督)等に出演。また、シャルロットはラース・フォン・トリアー監督作『Antichrist』で今年の第62回カンヌ国際映画祭で女優賞を獲得している。

歌手としても、13歳の時にセルジュのアルバム『Love on the Beat』(1984年)に収められた父とのデュエット曲「レモン・インセストLemon Incest」が初作品。父娘で「愛してる」と囁きあう近親相姦スレスレのデュエットは、当時物議を醸し出した作品であった。続いて1986年には、父親のセルジュ全面バックアップのもと、初のソロ・アルバム『シャルロット・フォーエヴァー』を発表。これは、父セルジュが監督し、父娘共演を果たした主演同名映画のサントラ的作品でもあり、映画同様、またまた近親相姦的なデュエットがセンセーションを巻き起こすこととなる。この後、この作品にデビュー曲「レモン・インセスト」を加え、1991年にアルバム『魅少女シャルロット』としてリニューアル・リリース以降、彼女は歌手としての活動を封印。

そんな中2007年に20年ぶりとなるニュー・アルバム『5:55』をリリース、2010年にはベックをプロデューサーに迎え、ニュー・アルバム『IRM』をドロップ、多彩なボーカル・パフォーマンスを見せ付けたところだ。

奇跡の初来日、これは見逃すわけにはいくまい?

<Charlotte Gainsbourg JAPAN TOUR 2010>
2010年10月24日(日)
@東京国際フォーラムホールA
OPEN 17:00/ START 18:00
TICKET S席 \7,500円 A席¥6,500円(全席指定/税込)
一般プレイガイド発売日:9月18日(土)
[問]クリエイティブマン TEL:03-3462-6969

2010年10月26日(火)
@大阪IMPホール
OPEN 18:00/ START 19:00
TICKET¥7,000(オールスタンディング/税込)
一般プレイガイド発売日:9月18日(土)
[問]キョードーインフォメーション TEL:06-7732-8888

※BARKSニュースより転載させて頂きました。
http://www.barks.jp/news/?id=1000063849&p=0

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by musiclove-a-gogo | 2010-09-09 23:33 | シャンソン・フランセーズ

プラスチック・ベルトラン(PLASTIC BERTRAND)『CA PLANE POUR MOI(恋のパトカー)』(1977年)♪

懸賞 2010年 06月 01日 懸賞

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★プラスチック・ベルトラン(PLASTIC BERTRAND)のデビュー曲にして世界的大ヒットとなった『Ca Plane Pour Moi』。1978年の1stアルバム『AN 1』にも収録されていますが、先にシングル盤としてベルギー、フランス、ドイツ等で発売。正しく、時代の寵児的に彗星の如くポップ・シーンへ登場したようです。ポップなロックンロール・ナンバーで時代がパンク旋風という中でなんともユニークな存在だったと想像します。

プラスチック・ベルトランとはロジェ・ジューレ(ロジャー・ジューレー)という男性アーティスト。1958年に、フランス人の父親とロシア人の母親の間に生まれたベルギー(ブリュッセル)出身のお方。ファッショナブルでどこかキュートな明るいキャラクターは一躍アイドルに!その後、ダリダの『BAMBINO』のカバー曲などもヒットさせていて、今も現役で活動されています。『フランスの郷ひろみ』とも云われていたそうです。そんな風にお聞きするとますます好きになります。とにかく、"ポップ!"です。フレンチ・ニュー・ウェイヴともパンクともカテゴライズされますが、『Ca Plane Pour Moi』はフランス発世界ヒット曲のポップナンバーであり、シングル曲以外の楽曲もどれも愉しいのです。プラスチック・ベルトランはやはりポップ・バンドを極めているとアルバムを聴いて想えます。アメリカでも大ヒットしたらしく、当時ビルボード及びキャッシュボックス共に登場。日本では1979年になってシングルが発売されました。邦題は『恋のパトカー』でした。別にコミック・バンドでもないのですがこの明るさは何だろう!?と同時期の英国ではセックス・ピストルズや・ザ・クラッシュ等のパンク・ロック勢の眼差しや楽曲とはフィールドが違いすぎます。これも時代とお国柄であるので世界中に色んな素敵な音楽があって素晴らしいな、っと想うのです♪



プラスチック・ベルトラン(PLASTIC BERTRAND)作品★(RECORD&CD SHOP VELVET MOON) ← にて 取り扱っております。どうぞ、無料の会員登録もお願いいたします。プラスチック・ベルトランも含め、他の未登録作品が多数ございますが毎日更新しております。また、私宛への伝言等がございましたら、お気軽に「お問い合わせ」よりください。宜しくお願いいたします♪

※このブログ内で飼っておりますペットのうさちゃんですが、お友達がクリックすると言葉を喋ると教えてくださいました。早速、クリックしてみますと、最初に喋った言葉は「オタク」でした...何故?とこの仕組みは謎めいておりますが愉しいです。更新ちゃんとしないと弱ってしまうと困るので、少しでも出来るだけ何かメモしてゆこうと想います。
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by musiclove-a-gogo | 2010-06-01 11:57 | シャンソン・フランセーズ

オトゥール・ドゥ・リュシー(AUTOUR DE LUCIE)『完全な和音(L'ACCORD PARFAIT)』(1994年)♪

懸賞 2010年 02月 27日 懸賞

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★この曲は、オトゥール・ドゥ・リュシー(AUTOUR DE LUCIE)のデビュー・アルバム『美しき逃亡(L'ECHAPPEE BELLE)』の1曲目『完全な和音(L'ACCORD PARFAIT)』。ヴァレリー・ルリヨ、オリヴィエ・デュラン、ファブリス・ドュモンの3人による良質メロディーとしっかりとしたソングライティング。そして可憐なヴォーカル&アコースティック・ギターを担当するヴァレリー・ルリヨのさり気ないウィスパー・ヴォイスと翳り。ヴァレリー嬢のフェイヴァリット・アーティストにトレイシー・ソーン、スザンヌ・ヴェガ、ホープ・サンドヴァルを挙げ、唯一フランスのアーティストはフランソワーズ・アルディだと書かれていた。私も大好きなお方ばかり!またギタリストのオリヴィエはペイル・ファウンテンズ、スミス、フェルトという英国アコースティック・バンドを挙げていた。そんな薀蓄は後に知ったのだけれど、このアルバム(作品)にはとっても強い想い入れがある。

1994年。当店のオープンした年で、最初は中古盤のみだったけれど新作も入荷し始めた。実は、このアルバムがCDでは初めての複数枚数を仕入れたものだったのである。周りには大型店もあるし、他のお店もあるなかで、やはり「好きな作品を一枚でも多くお好きなお方に届けたい」というような気持ちがあった。その為には、どうしても自分で「大好きだ!」と想えるものでないといけない。フランス盤(この頃はインディーズ時代)でまだ雑誌等に掲載される前に聴けることは唯一の特権のようなものかな。このオトゥール・ドゥ・リュシーは新人バンドで情報も無かったのだけれど、オーダーリストの中に、「Produit par Michael Head」とだけ小さく載っていた。あのペイル・ファウンテンズやシャックのマイケル・ヘッドがフランスのバンドのプロデュース!!と、もうそれだけで早く届かないかなって待ちわびていた。急な階段を上がって来てくださるお客様の目に付き易いようにと、入り口のすぐの処に5枚程だったのだけれど「大すいせん盤!」と手描きの見苦しいコメントと一緒に置いていた。その一枚を買ってくださったお方は今も当店のお客様で居てくださっている。16年近く前のことながら、あの時の感動はこのアルバムを聴く度に蘇る。あの場所、あの雰囲気、そしてあの刻の私...何故か涙が溢れるな。

オトゥール・ドゥ・リュシー(AUTOUR DE LUCIE)は次第にアブストラクトなサウンドへと移行してゆくのだけれど、それらも心地良い。ヴァレリー・ルリヨのヴォーカルさえあれば私はずっと聴き続けてゆくのだろう。この曲ではないけれど、アルバム中の『ISLAND(アイランド)』という曲の作曲とプロデュース、さらにギターでマイケル・ヘッド&ジョン・ヘッド兄弟で参加されている。この新しいバンドが尊敬しているマイケル・ヘッドであるのだけれど、好感が持てるのは自分を出し過ぎないでいてマイケル・ヘッドの存在感は充分に漂っているという辺りに、なんというのかグッと来るのである。私はどうもそんなタイプの人間が好きらしい♪


※アルバムの中でも一際ポップな曲です(動画ではございません)♪


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by musiclove-a-gogo | 2010-02-27 05:27 | シャンソン・フランセーズ

好きなギタリスト&アーティスト★ジャン=ルイ・オーベール(JEAN-LOUIS AUBERT)『TELEPHONE』♪

懸賞 2010年 02月 26日 懸賞

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★フランスのロック・バンドとして英語圏のロック・バンドに匹敵する最高のバンドであったテレフォン(テレフォヌ)。1976年の結成から1986年までの活動。1977年の1stアルバムを80年代に入ってから購入したのが最初の出会い、『革命児テレフォン』だった。メンバーはジャン=ルイ・オーベール(Jean-Louis Aubert)、ルイ・ベルティニャック(Louis Bertignac)、コリーヌ・マリノー(Corine Marienneau)、リシャール・コリンカ(Richard Kolinka)の4人。ジャン=ルイ・オーベールとルイ・ベルティニャックという2人の優れたギタリストが居た。私はメイン・ヴォーカルを担当するジャン=ルイ・オーベールが最初から好きで、解散後のソロ・アルバムも聴き続けている。ソングライターとしても好きだしあのお声がやはり好き!その上ルックスも良いし。

テレフォンは、かのジミー・ペイジも絶賛したというバンドでもある。歌われる歌詞はフランス語ながら英語圏のロックに引けは取らないバンドだったと想う。フランスのパンク・バンドともニュー・ウェイヴとも云われる時代の活動期間。今聴いても好きな曲は不変である。イギリスの同時代のロック・バンドと同じ感覚ですんなり聴けたテレフォンの楽曲はポップであり、殊にイントロから「わあ~!」っという感じの曲が多く嬉しく聴き入るのは今も変わらない。時に泣きのメロディーもあるのでたまらない。女性ベーシストのコリーヌの存在も欠かせない。解散は残念だったけれど、残された楽曲たちは色褪せないと動画を拝見し再認識できた。スタジオ盤としてはラスト・アルバムとなった1984年の『UN AUTRE MONDE』のタイトル曲(邦題は「夢にさよなら」)。切なく熱く響くのです♪



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by musiclove-a-gogo | 2010-02-26 03:35 | シャンソン・フランセーズ

『マイ・ウェイ』の創唱とお蔵入り★クロード・フランソワとデヴィッド・ボウイ(共に1967年)♪

懸賞 2010年 02月 23日 懸賞

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★あの名曲スタンダード『マイ・ウェイ(MY WAY)』はポール・アンカがフランク・シナトラの為に英詩を付け大ヒットとなった曲(1968年)。けれど、創唱はクロード・フランソワ(Claude Francois)で、作詞はジル・チボー&クロード・フランソワ、作曲はジャック・ルヴォーによる1967年の曲。時のいたずらが狂わす運命的な出来事が起こる。かのデヴィッド・ボウイ(DAVID BOWIE)が1stアルバムをリリースした同年1967年のこと。カリスマ・ボウイながら1stアルバムはまったく売れなかった。デッカ~デラム時代のボウイはモッズ少年(青年)の頃。この時期に他のミュージシャンに曲を書いたり詩を提供したりと小さなお仕事もされていた。どういう経緯かは分らないけれど、このクロード・フランソワの『いつものように(Comme D'habitude)』の英訳を受け『Even A Fool Learns To Love』として完成させたのだけれど、ボツとなる。未来への悠々たるポール・アンカの歌詞に比べ、なんともヘナチョコなお若いボウイのお姿が垣間見られる。創唱者であるクロード・フランソワの方もポール・アンカの詩の世界とはまるで反対のような弱い優男ぶりで私はこちらが断然好き!ボウイより8歳程年上のクロード・フランソワ(愛称はクロクロ)は、60年代初頭から英米曲をフランス語で多く歌っていた。その頃にご結婚されており、奥様はイギリス人だったことも関係しているかもしれない。

何でもあるYouTubeにクロクロのモノクロ映像がございました。また、お蔵入りしてしまう時期もあったボウイのデモ・テイクのようなものもございました。何故か、途中からリチャード・クレイダーマンによるピアノ曲となります。さらに、惜しくもボツになったボウイは『火星の生活(Life On Mars?)』で再びこの『いつものように(Comme D'habitude)』を想わせる曲を世に出すことに。ボウイ・ファンの皆様の中では有名なお話ですが、世代も関係しているようです。なんと云っても、カリスマ・ロックスターであるボウイの40年以上に渡る軌跡はいまなお進行中でファン層もかなり広いのだから。クロクロは惜しくも電球を交換する際の感電(事故)により39歳の若さで死去された。けれど、フランスではいまなお絶大な人気を誇っているという伝説のお方。私はメロウな曲に好きな曲が色々あります。バックダンサーを従え踊り歌うようになる、その美人ダンサー方の「レ・クローデット」も大好きです!映像を拝見する折はクロクロよりもダンサーの女性方を見てしまうのです♪


※創唱者クロード・フランソワの「Comme D'habitude」です♪


※お蔵入りしたモッズ時代のデヴィッド・ボウイの「Even A Fool Learns To Love」が聴けます♪

→ こちらはグラムロック時代の名曲『DAVID BOWIE/LIFE ON MARS?』です♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-02-23 05:05 | シャンソン・フランセーズ

セルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』(1984年)♪

懸賞 2010年 02月 10日 懸賞

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★昨日『レモン・インセスト』を数回聴き、時々起こる胃腸障害のような状態となった。本当にあのシャルロットのお声がたまらなく可愛くて私の心を突き刺す。どうしてそんなに好きなのかは言葉には出来ない。私の抱えている他愛の無いことが起因しているのだろうけれど、そんな他愛の無いことに囚われ続けている。それらを考えるとまた色々なことが想起され涙する。「偏愛音楽」なのだから、「ちょっと好き」とか「けっこう好き」という表現ではなくて、作者の手を離れて年月が経てども私の心に住み着いてしまったものたちなのだ。それらは生き物となんら変わりは無い。ああ、不思議。

さて、セルジュ・ゲンスブールの1984年のアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』。この頃はよく通っていたレコード屋さんに予約して先ず輸入盤のレコードを先に買った。そして、日本盤にもなったので購入した。店主は既にセルジュ好きでいっぱい持っていたけれど、私が買った初めてのセルジュのアルバムはここからがリアルタイム。この作品の前はレゲエ・アルバムを2作リリースしていた。私は先にジェーン・バーキンが好きになっていたので、店主と情報交換するようにもなった。セルジュは共通した大好きなアーティストのお一人である。なので、Velvet Moonにとってセルジュは欠かせないお方である。セルジュの来日公演もまた大切な想い出。このアルバムの邦題の副題は『セルジュ式性愛術』だった。嘗ての洋楽には様々な邦題が付けられていて好き。このアルバムのトップを飾る同名曲『ラブ・オン・ザ・ビート』にも副題があり『もういちどジュ・テーム』。クスっとしてしまう。

書き忘れてはならないのは、このセルジュのアルバムは前年1983年に発売されたデヴィッド・ボウイの世界的大ヒット・アルバム『レッツ・ダンス』のセルジュ版とも云われる。ボウイのバックメンバーが参加していることも嬉しい。当時、何かの雑誌でこのセルジュのアルバムにボウイがシークレットで参加しているって。レコーディング・スタジオにはボウイも居たとかって。嘘でも噂話でも妄想話でも大好きなボウイとセルジュのお姿を浮かべては嬉々とした。今もそうであったかもしれないなあ...って想う。事実なんてどうでもよくて。以前、イザベル・アジャーニのアルバムの中の『ボウイのように』のことを少し書いたけれど、このアルバムの『I'M THE BOY(風変わりな少年)』という曲にもボウイが少しイメージングされているようだ。シド・ヴィシャス、デヴィッド・ボウイ、マイケル・ジャクソン、ミック・ジャガー、ジェームス・ディーン、モンゴメリー・クリフト...たちの名をセルジュは並べていたという(立川直樹氏による解説より)。セルジュはロリータ的なテーマの作品も魅力だけれど、時々こうして少年あるいは男性の歌も登場する。私は嬉しい限り!セルジュの並べる男性たち(スターたち)はそれぞれ魅力的だけれど、どこか中性的な魅力のある方々でもある。セルジュは常に美しい女性に囲まれてお仕事をされてきたけれど、よく云われるような女好きとはちょっと違うと想う。セルジュは逆に女性が好きでなかったのかも...とも想ったりもする。まあ、プロ中のプロ!本質が見え隠れしながらも計算された世界観を構築してゆく(それも大いなる才能)辺りもセルジュとボウイの共通点だと想える。そうそう、このアルバムでのセルジュは女装しておられます。お綺麗な娼婦なのかな。アートデザインは奇才!ウィリアム・クライン。

セルジュとボウイをどちらも大好きなお方は結構居られると想う。私が活字として初めて、こうしたセルジュとボウイの共通するものを指摘されたのはサエキけんぞう氏であった。流石!サエキさんである。セルジュが大好きなお陰で「ゲンスブール・ナイト」などのお手伝いもさせて頂くことになった。そして、予てからファンであった永瀧達治さんに大変お世話になってゆくことにもなった嬉しき出会いよ。あの永瀧達治氏と個人的に言葉を交わすなんて!と緊張してしまっていたけれど、まったく気さくでお優しいお方なのである。名台詞は幾つも記憶しているけれど、「ゲンスぶる」と「アズナぶる」などよく今もフレンチ好きの友人たちの中での会話に登場するのだ。嘗て「ゲンスぶって」おられたお方も「アズナぶって」ゆくらしい。私は元々どちらでもなく「ファルメっている」とミレーヌ好きの友人に言って頂いた。今も「ファルメっている」みたいで、ようやく重い腰ながら『源氏物語』に挑戦しようと時間も無いくせに。偏愛は自然と深まり常に学びである。この先どうなるのかさっぱり分らないけれど、「好きなことを一生懸命しなさいね」って仰って頂いたお言葉はしっかり心に刻まれている。

フレンチポップスが渋谷系亡き後すっかり人気が無いと云う。けれど、私たちは渋谷系という括りで音楽を愛好してはいなかった。ピチカート・ファイブだってそれ以前から好きだったのだし。メディアって面白いなとも想うし怖いなっとも想う。まあ、私たちはこれからもいつか売れるかも...という愛する音楽やアートたちと共に生きてゆくだけ。バブル期に思春期から大人になっていた。管理主義やデータ主義、機能主義へという時代。私は数字なんて最も苦手なのにそんな現実と向き合わねばならなくなってしまっていた。私たちはアート主義だと指摘され、これからの時代はそれではダメだって云われた...かなりの打撃だった。しかし、ダメとかイイとかではなくて私たちは頑固にもそれらの人々から離れ今に至る。音楽に関わるお仕事ばかりしているけれど、常にアーティスティックの鏡のようなボウイやセルジュ...愛するものたちのお陰で今も生きている。どうにか食べてゆければ幸せだと想う。私たちに大きな野望などなにもない。私はお婆さんになっても出来るだけ元気で、可能ならば小さな子供たちに囲まれて過ごせたらいいな...と長閑な光景を浮かべる。けれど、現実は厳しく耐えることばかり。試練続き。それも学びであり知らないうちに糧となることでもあろう♪

SERGE GAINSBOURG/LOVE ON THE BEAT 1984年
1. Love on the Beat
2. Sorry Angel
3. HMM HMM HMM
4. Kiss Me Hardy
5. No Comment
6. I'm the Boy
7. Harley David Son Of A Bitch
8. Lemon Incest

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※データが吹っ飛んで以降、セルジュの在庫登録すら僅かしか出来ていない有様ですが、毎日チクチク登録作業をしながら偏愛を深めているようです。皆様、いつもありがとうございます!

(追記)
*申し訳ございませんが、さらなる無関係なコメントが来るような語彙(単語)のコメントは消去させて頂きます。ご理解とご協力をお願いいたします♪
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by musiclove-a-gogo | 2010-02-10 19:02 | シャンソン・フランセーズ

シャルロット・ゲンズブール(CHARLOTTE GAINSBOURG)『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』(1984年)♪

懸賞 2010年 02月 09日 懸賞

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★シャルロット・ゲンズブール(CHARLOTTE GAINSBOURG)のデビュー曲となる『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』。父であるセルジュ・ゲンスブール(SERGE GAINSBOURG)の1984年アルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』を購入して死ぬかと想った!この比喩は大袈裟なようだけれど、こんなにある一曲が私の胸を突き刺すような体験は後にも先にもこの曲のみ(近いものは他にもあるけれど)。因って、今なおシャルロットは私にとっての「聖少女」であり続けている。美しい二児の母親になられ大女優への道を歩んで行かれても。この曲に限ってはセルジュやショパン云々よりも、少女シャルロットのお声がすべてである私。あの歌唱は芸術品とも云える。やはりセルジュは天才だ!常日頃から脳内少女幻想気質の私は結構遠めに傍観してもいる。けれど、この曲に限っては想い入れが尋常ではないものでまったく落ち着きが無くなってしまうらしい。もう何十回もこの曲を聴いているけれど、今も聴きながら胸に刺さったものは消え失せることはないので痛い。この曲はポップ・シングルにしては短くもなく5分11秒。6分あれば持たないかもというくらいの衝撃だった。嘘ではないので、同じようなお方が居られましたらお知らせ下さい。

落ち着こう。この『レモン・インセスト』はアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート』のラストに収録されている。セルジュとシャルロット親子によるデュエット曲、それも禁断の危ない曲で、今も嫌悪されるお方も結構居られるという。けれど!私にセルジュのような才能があり、シャルロットのような娘が居たならばこの曲を12歳のシャルロットの為に、自分の為に作るに違いないと想う。人生に於いて妄想が無くなってはつまらない(過剰は問題だと知っている)。セルジュが居てくださることで当時の私の心の葛藤は幾分か和らぐものだった。私の少女愛惜及び少年愛好は今も留まりはしない。これまで良き友人としてのアドバイス(忠告&警告)のようなご意見を頂いて来たけれど、やめられない。近親相姦の歌。それだけで揶揄するのは視点の違いで、この曲はこの少女期のシャルロットにしか歌えない、その娘とデュエットする機会はこの時期しかないというセルジュの知的な計画は脳内にあったと想う。下のPVをご覧ください!シャルロットの消え入るような危ういヴォイスで一生懸命歌っている時の横の父セルジュの顔や首の動きを!見守るように愛でているあのお姿は痛いほどに伝わる(少し笑ってもしまうけれど)。これです!この曲は私の心の支柱でもある「少女愛惜」のテーマ曲のように勝手に想っている。また何を云ってるのか分らなくなって来たけれど、不謹慎なようだけれどセルジュ流の文学を歌の中に持ち込んだ一曲で、猥雑さの中に常に品性をも欠かすことのないセルジュのこれまでの多くの楽曲たちを再度聴いてみてください。本物ですから!何がというと、プロとしてのお仕事ぶりも然り、ロリータ趣味のことです。きっと、ブリジット・バルドーの存在が大きいと想っている私(ジェーン・バーキンよりも)。また、マリリン・モンローの存在もかなり大きいと想う。男性視点と女性視点は時に目線のズレが生じその行方を左右するけれど。

この『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』。シャルロットの1stアルバムのオリジナル盤には収録されなかったけれど、後のジャケット変更後のものには収録されている。そのシャルロットの1stアルバム・タイトルは『CHARLOTTE FOREVER』である。『レモン・インセスト(LEMON INCEST)』から2年後の1986年発売。まだ少女期のシャルロットながらこの2年の時間はとっても!大きく重要だ。確信犯的にセルジュはそれを充分に知っているが故に「この時期を逃しては!」とご自分のアルバム『ラブ・オン・ザ・ビート(LOVE ON THE BEAT)』のラストにこの曲を収録し余韻を残した。愛娘の大プロモーションを全身全霊を込めて開始してゆく。これも親の愛!これぞ父の愛!さらに、エロディ・ブシェーズを見出し、映画『スタン・ザ・フラッシャー』を撮った。このインストであるテーマ曲もとんでもない名曲!死して「やはりセルジュは偉大であった」と云われるようになったけれど、「すべてを手に入れたけれど人生に失敗した」と云い、また「しあわせなどない」というようなセルジュらしい言葉をそのまま受け取ることも出来ない。屈折具合は半端ではないし、挑発的な言動の裏側には「愛」に拘り続けた繊細な姿がいつもある。また、「死を待つ」と云うセルジュの老境でのこれらの作品はやはり知的な一流のプロ職人のようにさえ想う。

セルジュのことはまた追々。アルバム『ラブ・オン・ザ・ビート』のことを続けようと想います♪


※見てください!この少女シャルロットの可愛さ!美しく長い御御足を捉える罪なカメラ♪

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by musiclove-a-gogo | 2010-02-09 11:35 | シャンソン・フランセーズ

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