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ルネ・シマール(RENE SIMARD)『ミドリ色の屋根』(1974年)★微かな記憶の日本語で歌っていた美少年歌手

懸賞 2010年 05月 09日 懸賞

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★竹宮恵子さまもお好きだと仰っていたというルネ・シマール(René Simard)君という少年歌手を思い出しました。最もヒットしたのは『ミドリ色の屋根』(1974年)のようだ。何故か、私もこのシングルを持っている。長い間聴いていなかったけれど、何でもある恐るべしYouTubeでも聴ける。そして、初めて観たのだけれど、東京音楽祭に出演された折の映像まで!マッシュルームなブロンドの髪、そばかすの少年なお顔ばかり記憶していたので、意外とぽっちゃりされていたのだなあっとか、歌が上手いなあ~と再認識していたところ。フランス人だと思っていたけれど、1961年のカナダ生まれだそうだ。『ミドリ色の屋根』の頃は13歳頃だったのだ。微かにテレビで観た記憶と可愛い少年歌手だったという思い出がこうして不意に蘇るのだから不思議。

『小さな生命』というシングルもジャケットが可愛いかった。いつ頃まで日本で活躍されていたのかよく知らないけれど、この頃のフランス盤のシングルも持っているのでまた聴いてみようと思う。日本語で歌われる『ミドリ色の屋根』の歌詞は今の私の方が相性が良い。綺麗なお声で悲しくも美しい歌詞。J-POPと歌謡曲の違いって漠然とある。すっかり私は歌謡曲時代で邦楽はほぼ停止状態だけれど、近田春夫さんもやはり歌謡曲が好きだそうで、口先で歌えるのが良い、と。そうそう!こんな私でも昭和の歌謡曲を聴くと覚えているのだから!郷ひろみの『恋の弱味』を再び聴いてからこの数日というもの、脳内でリピートの嵐!子供の頃から好きだった曲たちって、私の成長と共に再生回数も増え続けてゆくのだから、どうしても70年代の歌謡曲には格別な想いを抱くみたい。洋楽や洋画、次第にヨーロッパの作品を主に鑑賞するようになったけれど、いつまでも色褪せない歌は人それぞれにあるだろう。でも、日本語の優美さ、詩情というものは温故知新を痛感する。今のものを否定する気持ちは無いのだけれど、私の心が安堵するものは何故か「昭和」となる...なので、かなり同世代の友人たちともズレが生じていて苦笑することも多いけれど、それも愉快かな♪




(追記)
★ルネ・シマール君は第3回東京音楽祭でカナダ代表としてグランプリ受賞!「フランク・シナトラ賞」って、何だろう...と思っていた。この大会でのゲスト審査員としてフランク・シナトラが居られたそうだ。エントリー曲は『ミドリ色の屋根 Non Ne Pleure Pas(泣かないで)』。なので、フランス語~日本語で歌われた。ライヴでこの歌唱力!パパの居なくなったママの哀しみ。健気な息子の母を思う心。ぼくがしあわせをあげる...と胸を打つ名曲!この曲がグランプリを受賞できた時代が私はどうしても好き。色々な思い出たちが共に蘇る。もう戻りはしない時だけれど、心であの時が頁を捲り思い出たちを綴る。ノスタルジーばかりじゃ生きてゆけないと知っている。でも、ノスタルジーが必要な時もある。時間は止まらないけれど、往来する。生まれる前の彼方までゆくことだってできる...私は楽の調べさえあれば生きてゆけるとさえ思えるのだから不思議♪

by musiclove-a-gogo | 2010-05-09 06:44 | 昭和のアイドル・歌謡曲・TV曲

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